【これまでの事例(抜粋)】
1983:東レ 岡本三宜氏
『超極細繊維・人工皮革エクセーヌの開発』
1984:ヤマト運輸 都築幹彦氏
『企業存亡を賭けた宅急便の事業化』
1984:平凡出版 甘糟 章氏
『新文化を創出した平凡パンチ、AnAnの創刊』
1985:日立製作所 外村彰氏 『電子線ホログラフィー』の研究・開発
1986:資生堂 永嶋久子氏
『資生堂化粧品、体当り世界市場開拓』
1986:シャープ 藤森明氏
『世界に先駆けた独自技術・高出力半導体レーザーの開発』
1987:科学技術と経済の会 只野文哉氏 ・ソニー小林茂氏』
1993:マツダ 山本健一氏 『逆境を生きたロータリーエンジンの研究・技術開発』
1992:ニコン 吉田庄一郎氏 『超精密加工技術の動向と21世紀における役割
1994:花王渡邉正太郎氏 『21世紀の花王固有の存在価値の追求と創造機能の強化』
1996:土佐鍛冶師・白鷹幸伯氏 『飛鳥・白鳳の匠の魂と知恵 - 千三百年を支えた法隆寺の構造和釘』
1998:IBM Corporation
Dr. Heinrich Rohrer
『21世紀の科学・技術展望』
2001:ソニー出井伸之氏
『今日求められている日本製造業の選択』
2001:セイコーエプソン安川英昭氏 『今後エプソンの飛躍を支える独自価値の創出』
2004:国立天文台 家 正則氏、三菱電機三神 泉氏 『すばる望遠鏡、その実現に懸けた夢』
2004:刀匠・吉原義人氏
『日本刀を鍛える』
2004: トヨタ自動車井上雅央氏
『ハイブリットカー・プリウス開発の夢と苦闘』
2005:エルピーダメモリ坂本幸雄氏 『なぜ今DRAMか、エルピーダの挑戦』
2005:アキュフェーズ齋藤重正氏
『限りない音楽感動を求めつづけて』
2006: 農業生物資源研究所 川崎健次郎氏・奥田隆氏
『21世紀最大の未利用資源‘昆虫テクノロジー’』
1983: IBM
江崎玲於奈氏
『独創を生み出す文化と風土』
1985:東北大学
西澤潤一氏
『独創技術への道、光通信の着想と実現への苦闘』
1993:シャープ
浅田篤氏
『シャープの技術・商品開発に見られる先進性・独自性と研究・技術開発推進の実態
2000:染織家
志村ふくみ氏(人間国宝)、志村洋子氏
『草木の精・自然の生命』
2003:建築家
安藤忠雄氏
『命ある建築を求めて』
〈21世紀フォーラムに参加して〉
セイコーエプソン(株) デイスプレイ開発本部長
跡部光朗氏
2006.10.25
「 DUTSUN、Zカーの父 片山豊氏を囲む会」
片山豊氏(赤のネクタイ)の右側が跡部光朗氏
運転席はZ復活の中心 日産自動車 湯川伸次郎氏
私は、入社以来、技術・開発畑の仕事に携わって来ましたが、上司の勧めでこの会に参加することになり、早、8年目を迎えます。
当初は、この会の本来の趣旨やこの会が持っていた大きなチャンスをよく理解出来ていなかったのでしょう、自社で活用出来る情報収集に重きをおき、自分の業務に直接結びつけることだけを考えて出席していたように思います。
しかし、月日が流れ、会社の中での私の役割も変わっていくと共に、‘私にとってのこの会の意義’は、大きく変化していきました。
それは、幾多の難関を乗り越えて、ついに画期的製品を生み出された開発リーダーご本人、或いは企業の存亡を懸けて企業革新に取り組まれた経営トップご本人の方々から、直接、当時の基本的な考え方やそれぞれの思い、ブレークスルーに至る赤裸々な実際の経緯に、ご本人のお人柄とご本人ならではの語り口を通して触れさせていただいて、改めて深く感動し、価値観を共有させていただき、常に自分自身と照らし合わせながら自分の位置を確認する、そのような羅針盤とも勇気を得る掛け替えのない機会、ともいうべきものになって来たように思います。
それは、もはや、情報を得るというようなことを越え、技術や商品、そしてそれらを実現して行く真の開発のマネジメントとその命は何なのか、ひいては、おこがましいことですが、経営の命とは何なのか、深く考る場になりました。
また、講師の方々や本会の幅広いメンバーの方々と、肩書きを外した、思いも寄らなかったお付き合いを得ることが出来、今にして思えば狭い枠の中でこれまで仕事に携わって来た私にとっては、まさに贅沢な、掛け替えのない時間を過ごさせていただくことになりました。
この会でお囲みした開発リーダーの方々のお話を伺って、それらは決して他社との差別化を追いかけて来たのではなく、いずれも、自身の夢や思い、そして、その実現への強い意思と執念に深く根ざしたテーマの追求であったこと、そして、その実現への掛け替えのない仲間たちとの人生ドラマであったことに気づきます。それは、わが社の開発においても、まったく同じであると、改めて思います。
近年、多くの会社で企画部門を強化し、顧客の声から製品企画を作ることが広く試みられておりますが、独自の強い思いや独創的なアイデアや技術がない開発やものづくりでは、他社からすぐに追迫され、製品寿命も短く、何よりもそこに働く従業員は息切れを起こしてしまいます。
やはり熱い思いや夢の詰まった技術、製品が強いのは当前で、それには多くの場合、10年近い開発期間を要しているのが普通です。
だからこそ、先行指標となれる独自の分野を確立出来たのでしょうし、それを実現させる創造的風土が会社をさらに強くしていくのだ、と思います。
今、花開いている製品の中には、先人、先輩の方々の夢と思いが、実に数多く、置き土産のように詰まっています。そして、今、エンジニアたちは、この先人の夢と志を受け継ぎながら、まだ見えぬ次の花を開くべく、地道に将来の卵を育てています。 このように見て来ると、私たちの製品や、それを世に送り出している私たちの企業、産業というものは、単に経済手段、経済機関であるばかりでなく、一つの文化、一つの文化発信の基地であることがわかります。
「自らの内から生じる夢と思いを実現しようとする強い意思と執念、そして心こそが、人々の心を打つ技術・製品を世の中に送り出して行く鍵である。そして、その意思と執念、心こそが、いつか、このグローバル化の時代における、日本の製造業の独自の存在価値を生み出すことにつながっていく筈だ。われわれの日々の製品開発、そして企業努力は、日本の文化創成にも深く関わっているものなのだ」、と本会は言っているようにも思います。
新経営研究会は、高い志を持たれた諸先輩の方々が、日本製造業の将来を思い、既存の枠を取り払った、産業・分野横断的な相互研鑽の機会を創出すべく立ち上げられた、とお聞きしています。
その志と共に、貴会が、この度25周年を迎えられることに、心からお慶び申し上げてやみません。