明日の指針を求め合う、産業・分野横断的な感動的出会いの機会と場となることを願って
新型コロナもようやく収束を迎えつつあるように思います。
皆様には、ますますご清祥にてご活躍のこととお喜び申し上げます。
ご案内の通り、弊会は去る1982年、同志(別紙)が相語らい、急変する企業環境の下、各企業がそれぞれの特徴を発揮し、わが国独自の技術・製品開発と企業価値の創出を求め合っていこうと、主としてわが国製造業の経営トップ、“技術開発”と“ものづくり”を担う役員・幹部、アカデミアの方々が、業界と分野を横断して交流、相互啓発し合える機会と場の必要を痛感し合って発足させた同志会です。お陰様で、弊会は今年、発足41周年を迎えさせていただきました。
これも偏に皆様の厚いご支援の賜物で、改めて衷心より厚く御礼申し上げる次第です。
さて、このような今日、是非、皆様にご紹介させていただきたい言葉があります。それは1916年(大正5年)、インドの詩聖 ラビンドラナート タゴール(アジアで初のノーベル賞受賞者)が初来日の折、「日本の精神」と題して慶應義塾大学で行った講演の一節です。
「日本が自分の偉大さを認識することを怠ろうとする、今、正に差し迫った危機にあるかに見える今日、その日本に、日本は一つの完全な形式を持つ文化を生んできたのであり、美の中に真理を、真理の中に美を見抜く視覚を発展させて来た、そのことを再び思い起こさせることは、私のような外来者のつとめであると思います。日本は明確で完全な何ものかを樹立して来たのです。それが何であるかは、あなた方ご自身よりも、外国人にとってもっと容易に知ることが出来るのです。それは紛れもなく全人類にとって貴重なものです。それは多くの民族の中で日本だけが、単に適応の力からではなく、その内面の魂の底から生み出して来たものなのです。」
このタゴールの言葉に私が初めて出会ったのは、日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成がその受賞翌年に著した「美の存在と発見(1969年 毎日新聞社)」に於いてでした。
私は、日本は世界で最も優れた文化を持つ国だ、などと言っているのでは勿論ありません。
加えてタゴールは、この慶應義塾大学での講演で、嘗て岡倉天心(1863年-1913年。本名 岡倉覚三。東京大学卒一期生、日本の思想家。日本の文化・美術を世界に知らしめた人。師フェノロッサと共に東京美術学校〈東京芸術大学の前身〉創設に奔走。初代校長。横山大観、下村観山、菱田春草等の師。当時、政府方針の「廃仏毀釈」に危機を感じ、命がけで伝統文化の保護・復興に乗り出す。これもあって、東京美術学校 校長失脚。上記の方々と共に日本美術院創設。「院展」の泉源。「茶の本」の著者。)は、当時、民族の誇りと自信を失いかけていたわれわれベンガルの若い世代の精神に、「すべての民族は、その民族自身を世界に現す義務を持っています。何も現さないということは民族的な罪悪といってよく、死よりも悪いことであって、人類の歴史において許されないことであります。それぞれの民族はすべて、彼らの中にある最上のものを世界に提出しなければなりません。これはまた、あなたがたの民族の富である高潔の魂が、目の前の部分的な必要を超えて、他の世界へ自国の文化・精神への招待状を送る豊かさなのであります。」と「民族の誇りへの自覚を渾身の思いを籠めて若いベンガルの世代に求めてくれた」(出典:タゴール著作集 第三文明社 第8巻 P469)と、タゴールはこの慶應義塾大学での講演で、天心への心からの感謝を籠めて、天心の言葉を改めて日本に紹介してくれたのでした。
タゴールは、日本民族は「美の中に真理を、真理の中に美を見抜く視覚・文化」を育んできた。それが世界にとってどんなに貴重なものか、日本はもっと自覚してほしい、と言ってくれたのです。
日本の工業デザインの草分け 故榮久庵憲司氏は、「数と効率が重視されるべき “幕の内弁当” に “美” が最優先されて来た事実は、余りにも学ぶべきものがある。」と語っておられます。
世界が大変革期を迎えて激動する今日、本来それぞれの文化に深く根ざしている多様な“価値観やものの見方”が、逆に今、その多様性を失おうとしているのではないか、と私は最近恐れています。
私たちが今、再確認すべきは、「技術はグローバルに普遍的に見える。しかしその実態は、技術とはその技術を生み出した人々の “ものの見方と価値観、美意識” に深く根ざす、文化的所産なのだ」、という事実です。
日本の染織家で紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)の志村ふくみ氏は次のように言っています。
カシミールの織物がどんなに美しいからといって、われわれが高度の技術を駆使し、どんなに精巧に再現して織ったところで、所詮、模倣にしかならないのです。それは、そのものの生まれた背景と人の心が結びついて美しいものになったのです。とうてい歯の立つものにはなれないのです。
私たちは日本の文化的所産“日本の価値観と美意識”、“ものの見方”を核とする、日本ならではのオリジナルな技術・製品とものづくり、システム、独自の企業価値の創出を求めたい。“デジタル化、AI化”に於ても同じです。
それは日本の真の国際競争力を求める所以であるだけにとどまらず、天心が願った「日本の文化的所産を世界に顕わす」、即ち「日本ならではの真の世界貢献」を果したい、と願うからです。
皆様のご支援を願ってやみません。(新経営研究会 代表 松尾 隆)