随想随感

新経営研究会 代表 松尾隆



松尾 隆
 これは私の折々の思い、また折にふれて核心的啓示となって甦って来る、私の心の奥深くに刻まれた先人・その道の達人といわれる方々からいただいた金言玉句です。
 極めて雑然とした思い、徒然の記録でありますが、掲載させていただいた其々の思い、また先人、諸先輩からいただいた金言玉句は、何れも新経営研究会の精神的基盤、原点として今あるものです。
 改めて自己確認を兼ねてご紹介させていただき、皆様の今後のご支援を衷心よりお願い申し上げてやみません。
 また、皆様の何らかのお役に立てれば、これ以上の喜びはありません。
※掲載させていただいた夫々の文末の()は出典、()のないものは松尾隆本人の折々の思いです。
※弊会は去る1982年、同志が相語らい、急変する企業環境の下、各企業がそれぞれの特徴を発揮し、わが国独自の技術・製品開発とわが国独自の企業価値の創出を求め合っていこうと、主としてわが国企業の経営トップ、“技術開発” と “ものづくり” を担う役員・幹部、アカデミアの方々が、産業・分野横断的に交流、相互啓発し合える機会と場の必要を痛感し合って発足させた同志会です。お陰様で、弊会は今年、発足42周年を迎えさせていただくことが出来ました。


全ての根元(こんげん)は 命 愛 希望 願い 夢 大志 感動 誇り そして 怒り!
悲しみも怒りも 絶望でさえ いつか 祈りにも似た “願い” “夢” となる
鋤(すき)を手にして夢見る人
(小林茂/元ソニー(株)常務取締役 厚木工場長:世界恐慌の克服を目的としたニューディール政策の一環 Tennessee Valley 総合開発に携わっていた当時の人々を心に描いて)
全てを動かし 変えるのは “夢”(入交昭一郎/元本田技研工業 副社長、元セガ・エンターエンタープライゼス 社長)
企業 また組織の命とは 規模の大小 ビジネスの如何に拘らず それはこの企業 或いはこの組織をこう在らしめたいと願うトップの強烈な欲求 その実現へのゆるぎない意思である 技術 製品 企業文化というものも この “はじめ” にある 企業また組織に携わる人々の夢と精神 そして意思の結晶に他ならない 
同じ産業に属すると思われている企業体の間に その産業についての考え方に違いがあれば それは最も強力かつ決定的な形で 相互の競争力としてあらわれる傾向がある(Alfred P Sloan Jr/GM 社長/GMとともに)
命短し 恋せよ 乙女(おとめ) 赤き唇褪せぬ間に 熱き血汐の冷えぬ間に 明日の月日のないものを
(吉井勇作詞 ゴンドラの唄:私の結婚披露宴の席で 君のためにと 故川喜田二郎先生(文化人類学者)が熱唱してくれた唄)
高い視点と広い視野!(和田昭允/東京大学名誉教授 元理学部長:新経営研究会に常に求め続けていただいたお言葉)
ふりかえってみると こんなにたのしい思いで本を作ったことは これまで一どもありませんでした(中略)いく晩もみんなで夜明かしをしましたし(中略) すこしもつらいなどとは思ったこともありませんでした この本は けれどもきっとそんなに売れないだろうと思います(中略) 私たちは貧乏ですから 売れないと困りますけど それどころか 何十萬も何百萬も売れたらどんなにうれしいだろうと思いますけれど いまの世の中に何十萬も売れるためには 私たちのしたくないこと いやなことをしなければならないのです この雑誌をはじめるについては どうすれば売れるかということについて いろいろのひとに いろいろのことを教えていただきました 私たちには出来ないこと どうしてもしたくないことばかりでした いいじゃないの 数はすくないかも知れないけれど きっと私たちのこの気もちをわかってもらえるひとはある 決してまけおしみでなく みんなこころから そう思って作りはじめました でもほんとは 売れなくて どの号もどの号も 損ばかりしていてはつぶれてしまうでしょう おねがいします どうか一冊でもよけいに お友だちにもすすめて下さいませ(大橋鎮子/暮しの手帖創刊者/創刊号後書:思えば新経営研究会のイノベーションフォーラムも異業種・独自企業研究会もみな同じ思いでスタートし 今日を迎えています 是非とも 今後のご支援をお願い申し上げてやみません)
力に余るからやる!(私が29才のとき 湯川秀樹先生が私に贈っていただいた激励のお言葉)
今 自分に大きな夢や志が見えないからといって それで 焦ったり諦めたりしないでほしい いつか必ず 思っても見なかった出会いが これからを生きる夢 志 目的を開いてくれる 皆 最初から大きな夢や志を持っていたのではないのだ
“松下村塾”は とくに優れた人材が集ってあれだけの指導者を輩出したのではないと思う 国の行方に危機感を持ち 個性を異にする若い同志が縁あって尊敬する師 吉田松陰の許に相集い 真剣に悩み考え 志を確かめ合い 将来の日本の方向と形を求め合う集団をつくり得た人々が その過程で安定した精神的基盤と自己の中核を自らの中に創り上げていったのであって これが自信と充足感となり 後に指導力となって現れたのだと思う 一人で思い悩んだ人間には 残念ながら この自信と充足感が生み出せない(1963年 篠田雄次郎/私の中核形成に大きく与っていただいた方/上智大学教授 独文学・美学・国際経済学/日本能率協会 国際事業部長:私を同会に招いて下さった元上司/元東京電力 社長・元経済同友会 代表幹事 木川田一隆氏の顧問 /1960年 アデナウアー西独首相初来日の折 通訳を務めた方)
大切な出会い そして縁
出会いも閃きも 思わぬときに訪れる
人間は現在にだけでなく 明日という希望の中に 過ぎ去った時と共に生きている(時実利彦/東京大学教授 脳研究所長/当時27歳の私に 薨られたご母堂様への深い悔恨の思いと共に述懐され 私の心に深く刻まれ 私の原点となったお言葉)
明け方 漁船が帰ってくると 工場のトラックが待っている 魚種ごとに魚の目方をはかったあと 工場にはこび タンクに汚染魚を捨てる 悪臭を放つ魚に市場値の金が払われる はじめのうちは 取れば取るほど金になるので 精を出して出漁する人もいた が やがて漁師たちの疑いがふくらんでくる 毎日海に出るのは 捨てるための魚を取るためではない 金になりさえすればよい といつまでも割り切れるものではない たとえささやかでも 自分の仕事に何らかの意味がなくては生きて行けない「何のための人生か 漁民だっておいしい魚を食べてほしいのだ」「情けのうて涙が出ます」 と口々に訴える声は胸をえぐる 岩国だけではない 敦賀湾でも 工場のコンクリート箱に投げ捨てるため 人々は漁に出る ゆがんだ社会はとうとうここまで来てしまった(深代惇郎 天声人語/朝日新聞/1973.6.10)
人を殺すに刃物はいらぬ 打ち込む対象を取り上げ 本人が無意味と思うことをやらせつづけ 村八分にし 最後に一切の情報を断てばよい この逆をやっているのが名リーダーと言われている人たちなのだ
創造と破壊 そして他を抹殺しても生きのびたいという殺し屋の血を滾(たぎ)らせ 一方で生き甲斐と仲間なしでは生きていけないという 矛盾撞着した心を同根に持つのが人間が人間である姿 人間のあるべき姿を論じる前に 人間である姿を理解していないと空論になる(時実利彦/やがて私の原点となっていったお言葉)
手ですくった砂が 痩せ細った指の隙間から洩(こぼ)れるように 時間がざらざらと私からこぼれる
(高見順 / 小説家 詩人 / 食道癌と闘う凄絶の病床のメモから 退院8ヶ月で書き上げた絶唱 “死の淵より” / 1964年6月 入稿(講談社) 翌日 再入院 10月初版初刷 翌年8月没)
遠い記憶を呼び起こすこの無性の懐かしさ 心の安らぎ 魂の震えは何処から来るのか../富山市八尾町 おわら風の盆にて
カシミールの織物がどんなに美しいといって それを現代技術で再現しようとしても 所詮 模倣にしかならないのです それは そのものの生まれた背景と人の心が結びついて美しいものになっているのです とうてい歯の立つものではないのです(志村ふくみ/染織家・紬織の重要無形文化財保持者)
われわれの核となるものは 各々の民族が各々の歴史と風土の中で培い 発展させて来た 今われわれの内にある この精神と美意識 感覚をおいてない
皇居造営審議会から出た新宮殿様式は「日本古来の伝統を重んじた(中略)鉄筋コンクリートの現代建築」というものだった しかし「日本古来の伝統」とは何なのか(中略) 私たちは現代に生きている(中略) 私は私なりに考え抜いた そして「日本の現代建築」という条件だけに意を注ぐことにした(中略) 徒らに過去に拘泥せず 視点はあくまで現代におく 伝統といっても それが今日の私たちの血液の中に脈々と流れ 息づいているものだけが顧みるに足る伝統である筈だ(中略) 次に 宮殿は一国を表徴するものでありたい それ故 現代日本が持つ最高の技術的 芸術的到達を示すものでなければならぬ(中略) 最後に(中略)私たちは日本の宮殿をつくるのだ(中略) 日本人だけが造り得る 日本の宮殿を造ることが出来るならば それは世界の文化に大きく貢献することになるに違いない(高尾亮一/宮内庁 新宮殿造営部長)
「日本は美の中に真理を 真理の中に美を見抜く視覚を発展させてきた」そのことを再び日本に思い起こさせることは 私のような外来者の責任であると思います(中略) それは紛れもなく全人類にとって貴重なものです それは多くの民族の中で日本だけが 単なる適応の力からでなく その内面の魂の底から生み出して来たものなのです(中略) それが世界にとってどんなに貴重なものか 日本はもっと自覚してほしいのです(Rabindranath Tagore:インドの詩聖 アジア初のノーベル賞受賞者/1916年 初來日の折 慶應義塾大学で行われた講演 “日本の精神” の一節)
すべての民族は その民族自身を世界に顕す義務を持っています 何も顕さないといふことは民族的な罪悪といってよく 死よりも悪いことであって 人類の歴史において許されないことであります それぞれの民族は 自らの中にある最上のものを世界に提出しなければなりません これは目の前の部分的な必要を超えて 他の世界へ自国の文化 精神への招待状を送る豊かさなのであります(岡倉天心/民族の誇りと自信を失いかけていたベンガルの若い世代の魂に その誇りと自信への覚醒を求めて 渾身の思いを籠めて訴えた言葉:タゴールが慶應義塾大学での講演の折 天心への心からの感謝を込めて 改めて日本に紹介してくれた天心の言葉)
ゆがんだ茶器 花器など 欧米では不良品とされるものが日本では逸品として高く評価されることがある 非合理 非論理が入ってはじめて命が入ったように思える(中略) 土を練り 火で焼くのであるから ゆがみやひびを生じることは当然分る (こうして)ゆがみやひびに縁を感じる 自然とのつきあいを深くしてきた農耕文明の これは観念であろう この観念の崩壊が 諸々の “近代化のつまらなさ” を現象させている(栄久庵憲司/日本の工業デザインの草分け)
尺八や三味線など 日本の伝統楽器には 古来 “さわり” という奏法がある “雑音” とも取られかねない音である 楽譜には表せない 残響音を伴う 人為を超えた音と響き その “間(ま)” をもって曲を紡(つむ)いでいく奏法である ここにも日本文化の “いのち” “本質” の一端が顔を覗かせているように思う
持ち運べる音 持ち運べない音
(武満徹/オーストラリア先住民アボリジニーが息を吹き込む 魂を揺さぶるディジュリドゥの響きに初めて出会って)
不純物 夾雑音といわれるものが深みを生んでいる
不均衡 不揃いの部材が生み出す強さと美しさ(西岡常一)
日本の資質を顕在化させる原動力は 技術の背景をなす哲学にある(中略) 宗教が生活学であり 産業が哲学の実践であるような 世界に類を見ない文明が 日本には成り立ってゆく素地がある(栄久庵憲司)
効率と数をこなす必要が求められる “幕の内弁当” に 美が最優先されてきた事実 “美を機能の最先端におくものづくり” には学ぶべきものがある それは “多元なものを統一する秩序をもって美とする造形美” の発見であった(榮久庵憲司)
技術は一見 グローバルに普遍的に見える しかしその実態は 技術とはその技術を生み出した人々の “ものの見方と価値観 美意識” に深く根ざす 文化的所産なのだ!
今 世界の製造業で AI支援による「ものづくり」「生産システム」のデジタル革新が起きている それは今日の製造業に革新的変化をもたらすことになるだろう しかし そこには同時に 世界のそれぞれの風土と歴史の中で培われて来た掛け替えのない文化的所産 例えば日本ならではの「ものづくり」の核心部分(独自の風土と歴史の中で培われて来た美意識 価値観から生まれた “ものの見方” “感じ方” に起因する “着眼点” その “感覚がどこにどう活かされたか” など)を丸裸にし しかも それを一瞬にしてコピー可能にする時代が待ち受けている 嘗てアメリカで生れた “デジタル化によるものづくり革命” は それまで日本の “ものづくり” の要めとなっていた “擦り合わせ技術” を一見不要化し 当時の超円高も加わって 韓国 台湾 中国などをして新興アジア工業国として勃興させる道を開き 日本の製造業は一時 自他共に その国際競争力の回復に危うさを覚えるまでに凋落した その轍を踏まないためにも “ものづくり” ということと “文化” というものへの本質的理解” そして その意識に立った “覚悟” が 今 必要だ
進化とは 地球が多様な生命で充たされていくこと(川喜田二郎)
個性は われを忘れているときに現われる(川喜田二郎/私が27才のときにいただいた 私の原点となったお言葉)
美と伝統と個性 それは現わすものでなく 現われて来るものだ
美と伝統に鋳型はない
もてなし 料理 佇まい すべてから “美” の香りがたちのぼる 日本旅館の真髄がここにある 日本の伝統というものは かたちではなく 人の心に引き継がれていく(池波正太郎/時代小説作家/京都の名旅館 “俵屋” の変わらぬ “もてなし” と “心づくし” に)
オールドローズは周囲に溶け込んで咲き 現代の薔薇の多くは周囲に際立って咲く 私はいずれも美しいと思う
親方の 加藤の先代ってえ爺さんが名人だったねえ(中略)重箱は今は二つ重ねが多くなったが 昔はみんな5段重箱だ 正月だア花見だアなんて時に使うんだから塗りも腕にヨリをかけるわけだが 塗り上げたあとの五つの函が 何番目を何番目に持ってこようが 前を横に重ねようが ピタッと合わすのが腕の見せどころだ ところでこの加藤の爺さんが若い職人の頃 親方の家で仕事をしたあと ヒョイと棚に重箱を伏せてのっけて帰ったんだそうだ するってえと仲間の職人の一人がね 手を伸ばしてそいつを取ったんだ ってえのが 当時の職人はみんな腕自慢 「あの野郎 どれくらいの仕事をしてやがるか」ってのが一つと もう一つはまあ仕事を盗む...ってエと聞こえが悪りイが 職人はみんなツボツボはひとに隠して工夫したもんなんだ それを見てやろう その二つから手を伸ばしたわけなんだが 重箱を取ったトタンに頭からザアッー モロに水を浴びちまったのさ チョンマゲからチリケモト 背筋から懐ろン中を通って フンドシまで水雑炊を浴びちまった 重箱に水を一杯入れて そいつをクルリとひっくらけエすと そのまンま棚の上へ伏せといたんだね 腕がよくなくっちゃ出来る芸当じゃねえ 相手は水だア 塗りにピリッとの狂いでもありやー そこからジャーだ 下地を塗って 砥石でまっ平らに研ぎ上げて 中塗り上塗りを済ました後の重箱のフチがフタと吸い合うようにピッタリいってるから 水が入ろうが酒が入ろうが滲み出る隙間もねえってことになったわけよ(長谷川信太郎/塗師/職人衆昔ばなし/斎藤隆介)
池之端の国田ってえ人の桐箱なんぞ 木口の切れの良さは 全く眺めて胸のつかえのさがるようなもんだったよ しかも 磨かずにチャーンと艶が出ている 今は合わせ鉋で削っているところを 昔は一枚鉋でやるからだ 今と昔は道具が違うし 職人の腕が違うし またその心がけが違うから 出来上がる品物が違って来るわけだ 不思議はねえ ものごとは順にいってらあ(溝呂木義郎/指物師/続 職人衆昔ばなし/斎藤隆介)
「化学で貴女と同じ色 出せますよ」とおっしゃって見本を持って来て下さる方もあるんです でも私は「0.01ミリね 私の色と違うんです」っていうんです 「そのくらい いいじゃありませんか」とおっしゃるのですが「私は その0.01ミリが問題なんです それがこの背後の世界に通じる道なんですから(後略)」っていうんですけど...(志村ふくみ)
毛筋一筋 紙一重の違いが 実は天地の隔たり
そうは言ってもインスタント時代 手早くしなけりゃあ商売にならねえってのは大方のご意見だろうねえ 安くて手軽で お客が喜びさえすりゃあ 品物がどうであろうとそんなこと知っちゃあいねえってえ 店と職人が多くなっちまった それじゃあおために悪いです なんて客の注文にチャンをつけて 折角の客を怒らしちまうなんてことがあたしにはよくある みすみすよくないものを客の注文だからって あたしにゃあ作れないからねえ(溝呂木義郎/指物師/続 職人衆昔ばなし/斎藤隆介)
あたしらの商売が斜陽だってえことは どうやら間違いないねえ けれどもものは考えようでさ こうなったらなったで ものを本然に返しゃいい 一度は職人根性から商魂に傾いたんだが もう一度心を入れかえて 無理は止めて元の職人根性に返ればいいんだとね そう思うようになったんだが そうじゃねえだろうか(横山吉次郎/塗師/続職人衆昔ばなし/斎藤隆介)
ものに映る つくり手の精神と内面の魂 手先 息づかい
最近 われわれの身の周りから 熱い思いや夢 誇りを感じさせるものが少なくなって来た 送り手の熱い想い 夢 確固とした信念から生み出されたものでなく ただ競争を因とした差別化 経済性を第一に生み出されて来た技術・製品がどうして人々の心を打ち そこに携わる人々の心を結集していくことが出来るだろうか
2012年8月 独ライカカメラ社は カラー画像が既に常識だった当時 プロ写真家が絶賛した1800万画素モノクローム専用デジタルカメラ M9モノクロームを発表 2023年4月 同社はこの第4世代 6000万画素 ライカ M11 モノクロームを発表した スマホやパソコンなど 透過光での小画面写真鑑賞が一般的な今日 印画紙など反射光による大画面写真表現努力は些かも削がれていない 何れも光と影 そのコントラストが生み出すモノクロ画像は正に芸術的品位に溢れ クラフトマンシップと革新的先端技術 シンプルでハイセンスな工業デザインによって生み出された 至高の逸品といえるものである しかし 私がより注目したいのは ライカ M11モノクロームの商品化決定のプロセスだ 今日のスマホカメラの高画質化と 逆光など露出の見事な自動補正 映像表現の急速な高度化 加えて簡便な操作性と使い勝手が加わって スマホカメラは 今 その評価を一気に高め 従来のカメラ市場を縮小化に向かわせているという ライカM11モノクロームの商品化決定は このような時代背景下でなされたのだ
ブランドとは伝統と誇りと信用の象徴(片山豊/Zの生みの親 Mr.Kと世界から愛され 米国自動車殿堂入りした4人目の日本人 東京モーターショーの発案者で実現の中心 米国日産自動車の創設者 日産自動車創業者 鮎川義介の親戚筋)
ものに求められている品位 感動 持っていることの充足感
何によらず 極められたもの 極めようとしている人の姿には心を打たれる
ある早春 桜の枝をいただいて早速煮出して染めてみますと ほんのりとした樺桜のような桜色が染まりました たまたま九月の台風の頃 桜の大木を切ると聞いて喜び勇んで出掛けました しかしそのときの桜は三月の桜と違って匂い立つことはありませんでした そのときはじめて知ったのです 桜が花を咲かせるために樹全体に宿していた命のことを 一年中 桜はじっと命が色に変わるのを待っていたのです 知らずして 私はその花の命をいただいていたのです(志村ふくみ)
全体を一つの思想 美意識で貫く‼︎
徹底出来るか出来ないか そこが全ての決め手
木組みは寸法で組まず 木の癖で組め(西岡家に伝わる法隆寺宮大工口伝)
法隆寺・薬師寺宮大工棟梁 西岡常一氏と内弟子 小川三夫氏
(三重塔を背景に再建なった薬師寺金堂前で 1979年頃 小川三夫氏提供)

人間には 大まかに言って先ず完結した確固とした到達目標 グランドデザインを定め そのブレークダウンという手順でデザインを完成させていく行き方と 桂離宮のように 最初描いた絵の上に折々の思いを重ね 修正を加えながら ある姿に辿り着いて行く このような 二つの行き方があるように思う 私は どちらが優れているとは言えないと思う
千年生きよった檜の材は 千年の命がありますのや(西岡常一/法隆寺 薬師寺 宮大工棟梁)
ある大手製造業の CTO が嘗て私に言った言葉 今どき千年もたせる努力を評価して そこにどんな意味がありますか ?!
命を最も重視し 素材の生命を全うさせようとした(長生きさせようとしたのではない)古代人のものづくり
日々変わり 今日のものは明日はない…
優れた和紙は歳と共に品格と風格を増し 美しく老いていく(安達以乍牟/公財 アダチ伝統木版画技術保存財団 理事長)
浮世絵版画に現れている色は絵の具本来の色なのではなく 和紙の繊維とのコラボレーションによって生み出されている色なのだ そして和紙の繊維と絵の具は 歳月と共に寄り添うように品格と風格を増しながら美しく年老い 作品は落ち着いて 創作時より更に味わい深いものになっていく(安達以乍牟)
健康に老い なお矍鑠(かくしゃく)として品格を失わない老境の藍の色を “瓶覗き(かめのぞき)” という(志村ふくみ)
刹那に生きることを強いられた 今日の “モノ” たちの悲哀と悲しい素顔
ついこの間まで 私たちは年と共に品格と風格を増し 美しく立派に年をとっていく 様々なものに囲まれていた 家々の柱や梁にしてもそうであったし 寺社の石段はもちろん 身の回りの食器や家具 調度 道具 皆そうであった 街とか界隈といわれるものもそうであった そこには 人々がこれまで生きてきた息づかいと佇まい(たたずまい)が 記憶として刻まれていた それをわれわれは底光りと言った 今 私たちを取り巻く素材 製品の殆んどは 磨き上げたくとも それは劣化を早めるだけで ある日 突然 醜く壊れてしまう
今 最も回復すべき感覚の一つ “時が育てる美しさ”
“時の陽だまり”…
年と共に美しく 気品と風格を加え 老いていく そのような素材 製品というものを 私たちは再び 身の回りに取り戻していくことは出来ないものか...
ペルリが幕府に献上した天秤を 日米修好通商記念として科学博物館が持ち主の了解を得 米国に貸し出したことがある 後に天秤はピカピカに磨かれ 古色は全て拭い去られて戻って来た もちろんこれは米国の善意だが このときの責任者だった私は頭を抱えてしまった ものの見方や考え方 美意識 価値観は これ程に文化によって大きく違う(鈴木一義 国立科学博物館 産業技術史資料情報センター所長)
経済合理主義への美意識の反逆が いずれ必ず起きる(多田道太郎/京都大学 教授)
利害 得失による判断は当然だが 時には美意識による判断 決断があってもいいのではないか!
知識として身につけた “経営・マネジメント論” は 百害あって一利なし!!
現在の日本食ブームは世界の健康ブームに乗って時を得たように言われるが それだけではない そこには ガスマスクがいるほど臭いと言われながら 醤油の風味を世界に知ってほしいと 敗戦直後 ニューヨークの店頭で醤油を使った食品の試食販売を試みるなど キッコーマンの茂木友三郎氏などの血の滲むような努力があった 日本の化粧品も 戦後アメリカ市場の開拓途上 ブルーミングデールなどで「日本もお化粧品つくれるの?」中には「日本人もお化粧するの?」と聞かれて悔しさに涙を流し それでも日本の化粧品の質の高さを知ってほしいと懸命に努力して 遂に多くのアメリカ人女性の信頼を得 愛されていった 資生堂の永嶋久子さんなど 多くの方々の必死の思いと努力が世界の人々の心を捉え 日本製品の評価を高めていった そこには 送り手である経営者と開発者 生産者 日本商品の素晴らしさを世界に知ってほしいと願った 多くの人々の一丸となった思いと努力があった 今 この歴史が忘れられていないことを願う
日本が敗戦の痛手から立ち上がろうとしていた時代 輝く夢と挑戦の下 不世出の天才的技術者 本田宗一郎と藤沢武夫という 二人の偉大な創業経営者の薫陶を直に受け 新たな日本を開き合って来た一人に入交昭一郎という 本田技研工業の副社長を務めた方がいる 氏は1972年(Ezra Vogel : “Japan as Number One: Lessons for America”が著される7年前) 世界が不可能と断じていた米国“マスキー法”を初めてクリアしたホンダCVCCエンジン開発にも関わり 対ビッグ3への技術供与の中心となった方で 曾てこの入交昭一郎氏から直接伺い 心に深く刻まれた逸話がある このCVCC発表直後 ビッグ3の幹部が日本のホンダに飛んで来て「いい加減な発表をされて大変迷惑だ CVCCはこんな小さなホンダの車だからマスキー法をクリアしたように見えたんだ われわれの5.7ℓエンジン フルサイズボディで同じ結果が出せるものなら見せてみろ」と大変な剣幕でクレームをつけてきた そこでこれを受けて立つことになり 1年半の死に物狂いの挑戦となったが このクレーム打破に成功 ビッグ3とのコンバージョンが成立した するとビッグ3から毎月数台 フォードのボートのような「ギャラクシー」 GMの「カマロ」などが送られて来る 届いた車は先ずデータを取るため走らせる それは感動の毎日で 正に夢の車だったという 5.7ℓ V8エンジンで音もしない! フルオートマチック フルエアコン 加速は凄いしブレーキを踏めばグッと止まる 乗り心地はいい 入交氏たちは米国の底力を改めて思い知らされたという 感激の余り 夜中に車を借り出して帰宅し おい起きろ こんな凄い車があるぞと奥様を叩き起こして 秩父の山中を夜明けまで走り回ったという それくらいビッグ3の車は凄かった CVCCで勝ったつもりでいたがとんでもない こんな車 俺たちいつになったら創れるようになるんだろう 若しかしたら永久に創れないのかも知れない...本当にそう思ったそうである ところが CVCCのビッグ3への技術トランスファーで米国滞在中の1974年夏 誰からとなく「何か変だな」という声が出た 「俺たち 若しかしたらこの連中に勝てるんじゃないか?」「いや..そんな筈はない...」「きっとどこかに凄い奴が隠れているんだよ...」と初めのうちはそう反問しながら しかしその思いは 帰国近く確信に近いものになっていったという 入交氏たちが当時エンジニアとして持っていた “誇り” と “やる気” “情熱”… それがアメリカのエンジニアたちから感じられなくなっていたのだという 日本の技術力が正に世界に追いつこうとしていた その瞬間の逸話である
そして今 私は思うのだ この実感は 嘗て工業・経済発展途上にあったアジア各国が 今正に日本に追いつき 追い越そうとしていると彼らが実感したある瞬間 間違いなく 彼らの中に この入交昭一郎氏たちが当時感じたものと同じ思い 強烈な実感があったに違いない そのときわれわれは その実態に気づかず またはさして歯牙にもかけず 今日に至ってしまったのではないか われわれは 彼らの胸中に 「いつ」「どのような折」 この「若しかしたら...」が生まれ どのようなきっかけの下で「確信」に変わっていったのか 以後 彼らはどう舵を取り どのようにして今日に至ったか 今日の日本製造業の国際競争力凋落の実態を招いた真因を 当時の超円高 前後して米国に始まったインターネットとデジタル化によるものづくり革新 の二言で片付けてしまって それで本当に良いのか われわれは今 改めて 真剣に問い直す要がある
自分の直感を信じる勇気を持ちなさい!!(スティーブ・ジョブス/Appleの創業者)
最後の意思決定は 如何なる場合もその人間の価値観 美意識 覚悟 即ち生き方で決まる
自然に咲く花は美しい 枯れかかっても深いものを感じる それが造花にない それが生命(いのち)だというが 不思議だ
考えてみれば 路傍の石も あの山肌に見える岩も美しい 石や岩にも生命があるのだろうか...
一里(ひとざと)は みな花守の子孫かや(松尾芭蕉/伊賀市予野・花垣神社 句碑)
(美しさ)を感じる能力は誰にでも備はり さういふ姿を求める心は誰にでもあるのです たゞ この能力が私たちにとって どんなに貴重な能力であるか 叉 この能力は養ひ育てようとしなければ衰弱して了ふことを知ってゐる人は 少ないのです(小林秀雄/評論家)
四十八茶百鼠 茶に 48色 鼠に 100色ありというほど 色彩について嘗て類稀(たぐいまれ)な繊細な感覚を培い 路考茶(ろこうちゃ) 利久鼠(りきゅうねずみ) 薄桜(うすざくら) 浅葱(あさぎ)など それぞれの色と色彩にその由来を忍ばせる名前をつけて呼んで来た日本人 この日本という風土と長い年月の下で醸成され 日本文化の特色の一つとも言えた 繊細を極めた色 色彩の感覚が 今 日本から消えようとしていないか…
砂鉄と木炭をもとに 窯土で構築された炉内で日本刀の素材となる高純度の玉鋼(たまはがね)を生産している 世界唯一 千数百年の歴史を持つ “たたら製鉄” という製鉄法がある 経済的理由で 明治中期 それは高炉にとって代わられたが このタタラ製鉄の技術は この時期 最高レベルに達して繁栄し 嘗ては玉鋼に限らず 日本の鉄の全生産を担っていたのだった しかし この「たたら製鉄」が一回の操業で必要とする炭の量は一ヘクタールの森林に当るもので これもあって 明治の中期 高炉にとって代わられた しかし ここで驚くべきは 「たたら製鉄」では 千数百年に亘り 伐採した森林を四十年サイクルで再生させ 砂鉄採掘も制限して過当競争を防ぎ 操業されて来た という事実である この基本思想は 嘗ては日本のモノづくり全般に 通奏低音のように流れていたという 鉄文化を生んだヒッタイトが 燃料獲得のために木を全て伐採して森林を失い 滅んでいったし 世界の文明衰亡のほとんどが森林伐採によるものだと言われることを思えば 驚嘆に値する この日本のモノづくりの原点 自然観 世界観を 世界に誇るモノづくり文化 哲学として この今日の科学・技術 世界経済の時代においても伝承 継承していきたいものである
この“たたら製鉄”の技術 操業の最高責任者 村下(むらげ)の木原明氏によると 村下は人間の五感を総動員して炎の色や勢い 炉内から聞こえる砂鉄の“しじれる音” ノロの出方などから 見えない炉内の複雑な変化の一瞬一瞬を読み取り 臨機応変に対応するのだという 木原村下によると 村下に不可欠の能力は火を見る“感性”だそうだ 炉内の変化は全て火に現れるからだという これを読み取れる現代技術はない(村下とは“たたら製鉄”における技術・現場操業の最高責任者)

1998年「たたら製鉄」における玉鋼生成のメカニズム解明について徹底的な科学調査が行われた しかし 遂にその解明に至らなかった また今日の先端技術をもってすれば 現代技術による玉鋼の生成も不可能ではなかろうと 幾つかの大学 研究機関が協力し合って研究を進めたが 完全な失敗に終わったという 「たたら製鉄」による「玉鋼」の生成解明も そのプロセスを現代技術に移し替えることも 残念ながら今のところ 現代最先端の科学技術を以てしても出来ないのだ
 
〈左〉私の人生の師 書家 故小野田雪堂氏 書画〈右〉たたら製鉄操業現場(松尾隆撮影)

十五夜の夕 夕去りの茶事に招かれ 手燭(てしょく)に導かれて席入りし 暫し経って気づくほの暗い茶席の釜の湯の静かに滾(たぎ)る音 亭主の気配 衣擦(きぬずれ)の音 やがてぼんやりと見えて来た茶碗や棗(なつめ) お点前の所作 床の間の柱に掛る まだ固く結んだ夕顔の蕾
今 すべてが明るく照らされて 何も見えなくなってしまった…
幽霊の正体見たり 枯れ尾花 今もこの感覚は残っているのだろうか…
普遍性 利便性 効率化 経済合理性の追求が いつか切り捨て 振るい落として来たものの大きさ
地球にやさしい? 何と身の程を知らない 軽薄な言葉だろう
自然の命と人間の命との合作が 文化ちゅうもんではないかと感じますねん 人間の知恵なんて底が知れてます 自然というものを離れて 人間の知恵だけで生まれたものはただテラテラするだけで 本当の美しさや深みがない ということでっしゃろかなあ…(西岡常一談)
人間の知恵というものが もっと自然の生命(いのち)を憶(おも)い 怖れるところから生み出され もっと自然と人の生命が輝く方向に使っていけないものか
この世界最高解像度を持つ「1MVホログラフィー電子顕微鏡」は 私たち科学技術者だけでは生み出されることはなかったのです この電子銃も 電子レンズも全て 今日の日本の匠の方々の知恵と努力によって生み出すことが出来たのです(外村彰/電子顕微鏡の権威 物理学に新分野を切り開いたと言われた方 日立製作所フェロー )
「すばる望遠鏡」の主鏡は驚異的限界精度に近い研削加工で作られていて これを磨くとレンズに瑕がつくという このような超がつく技術 技能を持つ中小 中堅企業が日本には多いのだが…
最近よく聞かれる “差別化” という言葉
送り手の熱い思いや美意識 信念から生み出されたものでなく 目先の競争や差別化が目的で生まれて来た技術 製品が どうして人々の心を打ち そこに携わる人々の心を結集して行けるだろうか
差別化と独自性 切磋琢磨とは 似てもいず 非なる世界
“いのち” あるものを感じられず 背後にそれを生み出して来た人々の熱い思い ひたむきさ 精神性を感じられないものを生み出し 囲まれつづけると 人の心はいつか干からび 何も感じられなくなってしまう
他の動物から今の人間を見たら きっとみんな 出目金のように見えるのではないか 余りに周りに気を取られ 目ばかり飛び出させて キョロキョロしている
理解の理は大理石の理 理髪店の理 筋道をたてて解することが理解 しかし全てが筋道を立て理解 説明出来るとは限らないのが現実の生きた世界!
「理解する」と「得心する」は違う だからこそ「“情” “理” を尽くす」のだ!
「理解する」と「打たれる」「心奪われる」「悟る」は異次元の世界
貴方に好きな人がいるとして どれだけ理解していますか? 理解しなければ愛せないのですか?
Here lies one who knew how to get around him men who were cleverer than himself
己より優れた者に囲まれ 共に成すことの出来る術(すべ)を知れる者 ここに眠る(カーネギー墓碑)
研究開発のスピードアップと効率化 これが今日の殆どの日本企業から聞こえて来る合言葉
欧米の技術開発の成功率はほぼ0.6% 日本は70%前後といわれる だから日本は優秀だと思うのは飛んでもない 欧米は “種(たね)”の存在に驚きを以て気づき その不思議の解明から独創技術が生れている 翻って日本は 官民共に危ない橋 遠い道は避け 欧米の動向を探り そこから次代の技術にとって大事と思う しかも実用化が見え始めた “芽” を拾い集め 実用化開発に取り組んでいる これで日本が先端技術で世界 TOPの座に立てる訳がないし まして世界の尊敬を集められる筈もない!(西澤潤一/半導体の権威 東北大学 教授)
英国鉄道史上最大規模(5,500億円強)英国高速鉄道プロジェクト(IEP:Intercity Express Programme)における 日立 シーメンス ボンバルディアの国際入札で 日立は最大の難関 安全基準をクリアーし It's proven?! に代表されたペーパートレイン疑惑を払拭して シーメンスと共に最後の大詰めのネゴを迎えていました
運輸担当大臣から「英国には遊休工場が少なからずある 日本に決ったら 最初のロットは日本から送ってもらうにしても 後は英国で造ってくれるか?」と 要求に近い相談がありました 熟慮の末の私の応えはノーでした 大臣は渋い顔をされ 横にいた営業の者は真っ青になって これで全て終ったと思ったようです そこで「ここでハイと申し上げれば ご発注いただける可能性は大きくなるかもしれません しかし それでは恐らく2012年のオリンピックに納期が間に合わなくなる恐れがあるのです それは人材育成に時間が掛かるのです 大変残念ですが これが条件でしたら 今回 私たちは諦めます それは「日立のセールスポイントは “お客様との約束を必ず守る” この一点に尽きる」からです
幸い これは契約決定の条件にならず 鉄道発祥の地・英国における高速鉄道プロジェクト(IEP)の最終受注先は日立に決定したのでした そして忘れもしない 2009年6月 エリザベス女王のご臨席をいただいて セントパンクラス インターナショナル駅での先行営業運転式典が挙行されました(桑田芳郎/(株)日立ハイテクノロジーズ 代表取締役 会長)
1978年 日立は入札一位の競合他社より5%も入札価格が高かったににもかかわらず オーストラリアのタロン火力発電所向け 350MW 石炭焚きタービン・発電機 4機の初受注に成功しました この体験こそ 後の英国高速鉄道事業はじめ 私の日立におけるグローバル事業の原体験 決定的な土台となったものでした 私がまだ副部長のときでした
契約直前 発注元 QEGB 総裁 フレッド マッカイという方が最終的に現地調査に来られて 最後に当時の庄山悦彦社長に「日立のセールスポイントは何ですか」と質問がありました 恐らくマッカイさんはじめ皆んな「日立は 50インチの超大型タービンブレードをつくれるとか 高速加工装置がある」とか 日立ならではの技術をあげると内心皆期待していたのですが 社長の返事はたった一言「われわれにセールスポイントというものがあるとすれば それはただひたすらお客様との約束を守るということでしょう」マッカイさんはじっと聞いていて「分かりました」で終わりました そして このタロン プロジエクトは日立が受注することになったのです
国際競争を左右するのは技術力だけでない 日本が持っている誇るべきカルチヤーを基盤に どれだけ自信を持って世界に出ていけるか これが決め手なんだ とここで私はつくづく感じたのでした これは後に 英国への高速鉄道の進出の際 英国の運輸大臣から出た現地生産の要求に対して ノーと私に言わせた大きな背景ともなったのでした(桑田芳郎)
2015年9月 契約時に果せなかった 英国ニュートンエイクリフに設立の鉄道車両工場の開所式が キャメロン英国首相はじめ 500名以上のご来賓を迎えて挙行されました 英国で市民権を得て行く国際事業基盤の誕生でした(桑田芳郎)
今後日本の事業が世界で生きていく道を考えるとき それは「水平分業というグローバル化」 即ち「ローカリゼーションへのグローバルな努力」以外にない と思っています これから日本が進むべき事業の国際展開へのシナリオは 相手国とのパートナーシップが組めるように戦略的にきちっとすること これがわれわれ日本企業の今後の大きな課題ではないかと思っています(桑田芳郎)
天の川銀河
「人間が本来持っていた生きものとしての時間」この回復が 21世紀最大の課題の一つとなるだろう(本川達雄/東京工業大学 教授)
私たちは「時間は万物に不変」と思っているが 「ゾウとネズミ」では そこに流れる時間の速度が違う 時間には「生物時間」と「絶対時間」があって 「生物時間」は体重が増えるとゆっくり流れ それは体重の1/4に比例する そして 生物時間はエネルギー消費量に比例して速くなり ハツカネズミの寿命は2〜3年 インド象は約70年 しかし 象もハツカネズミも 心臓が一生に打つ数はどちらも15億回と同じなのだ 象もハツカネズミも その一生感は同じようなものなのかも知れない(本川達雄)
現代日本人の標準代謝量は 2200W この 2200Wの標準代謝量を持つ動物を求めると 体重 4.3tの象に行き当たる エネルギー消費量 標準代謝量という目からすると 現代人はかくも巨大な生き物になってしまっているのだ(本川達雄) 因みに 人間が本来 生物として持つ寿命は 江戸時代がそれに近かったそうだが 40才前後だという
今まで 環境問題というと温暖化 環境汚染が中心で “時間環境” が取り上げられたことは一度もなかった 「時間は一定不変」という通念が この発想を阻んでいたのだと思う 時間がもう少し“ゆっくり”流れるよう努力し 日常感じる時間が体の時間とそれ程かけ離れないようにする 時間環境をそのように出来れば 私たちの今日のストレスやエネルギー問題も自然と解決する筈だ 時間環境問題は 環境問題の中でも最重要問題として取り扱われるべきだと思う(本川達雄)
ここに あすかちゃんという小学生のお嬢ちゃんからいただいたお手紙と お母さんのコメントがあります 「あすかは はやぶさ君が大気圏に突入して バラバラに燃え散っていくニュースをテレビで見て 涙をポロポロ流しながらこの手紙を書いています」とあるんですね 「幼い共感と感動が未来をつくる」そう 私は今 確信しています 多分 あすかちゃんは この “はやぶさ君” のことを一生忘れないでしょう 小学生時代というのは 毎日毎日が人生で最も大切な時間である可能性が高いのですから…科学が持つ意味というものを 今 改めて噛み締めています(的川泰宣/日本の宇宙工学者 宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授 日本初の科学衛星“おおすみ”のプロジェクトマネージャー 今日の科学衛星打ち上げ基地が内之浦に決定された時の大功労者 日本初の地球脱出ミッション“ハレー彗星探査計画“でプロジェクトマネージャーをつとめた方)
目覚ましい新興経済国の台頭 世界の産業構造と経済地図の歴史的変化 科学/技術本流の画期的変革 多発する国際紛争
国際競争力の凋落に加え 今 日本製造業の品質劣化が顕在化し始めているのではないことを祈る(田中千秋/RATO 理事長、元東レ(株) 代表取締役 副社長 CTO)
ローマは一日にしてならず その衰亡 滅亡もまた 一日にしてなったのではないのだ !
最近あまり見られなくなった壮大な夢 悠久への眼差し
何故この頃 皆んな 自分の目の黒い内にとばかり考えるようになってしまったのだろう
馬車よ そんなに急いでどこへゆくのか…(東山魁夷の “馬車よ、ゆっくり走れ” にわれに返って)
時を重ねて 世代を重ねて
それで 何を実現しようとしているのですか?
人類と自然の未来に貢献できる 豊かな価値の回復と創造
最近厭われる街路樹の落ち葉 子供たちの歓声 梵鐘の音
本質的で深い 人間の根元(ねもと)に届くメッセージ(武満徹/音楽家)
われわれは 次の世代に何を引き継ごうとしているのか



《主要引用文献 他引用先》

入交昭一郎「イノベーションフォーラム」(新経営研究会 2003年 総合討議にて、「FMTアーカイブ 第3巻」)

Alfred P Sloan Jr「GMとともに」(ダイアモンド社)

川喜田二郎「パーティー学」(社会思想社 現代教養文庫)

和田昭允「FMTアーカイブ 第18巻 世界における日本の独創性と可能性」(新経営研究会)

大橋鎮子「暮しの手帖/創刊号後書」(くらしの手帳社)

時実利彦「人間であること」(岩波新書)

David Eli Lilienthal「リリエンソール日記」(みすず書房)

高見 順「死の淵より」(講談社)

深代惇郎「天声人語|汚染魚」(朝日新聞 1973.6.10)

高尾亮一「イノベーションフォーラム」、「FMTアーカイブ 第7巻 新宮殿をつくる」1983/5/9(新経営研究会)

志村ふくみ「イノベーションフォーラム」「一色一生」(求龍堂)

多田道太郎「多田道太郎著作集︱日本の美意識」(筑摩書房)

鈴木一義「新経営研究会発足25周年記念大会(2007年)基調講演」

池波正太郎「よい匂いのする一夜(平凡社)

長谷川信太郎 塗師「職人衆昔ばなし」(文芸春秋社)

溝呂木義郎 指物師「続 職人衆昔ばなし」(文芸春秋社)

横山吉次郎 塗師「続 職人衆昔ばなし」(文芸春秋社)

Rabindranath Tagore「タゴール著作集 第8巻 P482 日本の精神 (高良とみ訳)」(第三文明社)

榮久庵憲司「幕の内弁当の美学」(ごま書房)、「新経営研究会発足25周年記念大会(2007年)基調講演」

安達以乍牟「イノベーションフォーラム」、「FMTアーカイブ 第14巻 越前生漉奉書」(新経営研究会)

小林秀雄「芸術随想︱美を求める心」(新潮社)

赤尾英慶 京都博物館 文化財保存修理所所長 「異業種・独自企業研究会」新経営研究会」

西岡常一「イノベーション フォーラム」、「FMTアーカイブ 第7巻 飛鳥・白鳳の工人の魂と知恵」(新経営研究会)

片山 豊「FMTアーカイブ 第3巻 Love Cars, Love People, Love Life」(新経営研究会)

木原 明「FMTアーカイブ 第16巻 日本のものづくりの原点 たたら製鉄」(新経営研究会)

松尾芭蕉「花垣神社(伊賀市予野) 句碑」

黒滝哲也「FMTアーカイブ 第16巻 日本のモノづくりの原点 “たたら製鉄” の精神」(新経営研究会)

武満 徹「時間の園丁」「音楽を呼びさますもの」(新潮社)

外村 彰「イノベーションフォーラム」「異業種・独自企業研究会」合同例会 新経営研究会

桑田芳郎「FMTアーカイブ 第9巻 鉄道発祥の地 英国で日本が受注した高速鉄道」(新経営研究会)

本川達雄「イノベーションフォーラム」、「ゾウの時間 ネズミの時間」(中公新書)

的川泰宣「FMTアーカイブ 第2巻 はやぶさ帰還秘話 - 幼い子供達の感動が未来を創る」(新経営研究会)

東山魁夷「馬車よ、ゆっくり走れ」(新潮社)

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