- 2007-04-05 (木) 0:29
- 随想随感 (代表 松尾 隆)
「日本が自分の偉大さを認識することを怠ろうとする、正に差し迫った危険にあるかに見える今日、その日本に、日本は一つの完全な形式をもった文化を生んで来たのであり、美の中に真理を、真理の中に美を見抜く視覚を発展させて来た、そのことを再び思い起こさせることは、私のような外来者の責任であると思います。
日本は、明確で、完全な何ものかを樹立して来たのです。それが何であるかは、あなたがたご自身よりも、外国人にとって、もっと容易に知ることが出来るのであります。
それは紛れもなく、全人類にとって貴重なものです。それは、多くの民族の中で日本だけが、単なる適応の力からではなく、その内面の魂の底から生み出して来たものなのです。」
これは、1916年、インドの詩聖 ラビンドラナート タゴールが初めての日本訪問の折、慶応義塾大学で「日本の精神」と題して行った講演の抜粋である。
このタゴールの言葉に私が初めて出会ったのは、1970年、川端康成の著「美の存在と発見(※1)」においてであった。
そして1929年、タゴールは、3回目の来日の折、日印協会での講演において、当時のベンガルの若い世代に計り知れない希望と覚醒を与えた偉大な独創的人物として、岡倉天心の名を改めて日本の聴衆に紹介し、‘天心がべンガルの若い世代の心深くに刻みつけたメッセージ’を伝えたのであった。
「すべての民族は、その民族自身を世界に現わす義務をもっています。何も現わさないということは民族的な罪悪といってもよく、死よりも悪いことであって、人類の歴史において許されないことであります。すべての民族は、彼らの中にある最上のものを世界に向けて表出しなければなりません。これは又、その民族の富である高潔の魂が、目の前の部分的な必要を超えて、他の世界へ、自国の文化の精神への招待状を送る責任を、自ら認める豊かさなのであります。(※2)」
これは、当時、民族の誇りと自信を失いかけていたベンガルの若い世代の精神に、天心が渾身の思いを籠めて訴えた言葉だったそうである。
われわれは、今、未曾有のグローバル化の流れの真只中にいる。
このグローバル化の時代、われわれが自らを見失わず、独自の存在価値と今後の歩むべき道を切り開き、真に世界に貢献出来る道を求める拠り所となるものは、このそれぞれの国と民族が、それぞれの歴史と伝統の中で生み出し、発展させて来た、それぞれの精神と叡智をおいてない筈である。
この多様な国々と民族の文化と精神が、いつか、それぞれに世界に輝かしく発揚し、掛け替えのない全人類共有の財産として自覚され、互いに影響・刺激し合い、共存・共創し合える日を築き上げる、人類の可能性と知恵を信じたい。
私たちは、今、かつて天心がベンガルの若い世代に訴えた渾身の思いを、私たち自身へのメッセージとして受け止め、噛み締めてみるべき時に来ているのではないか。
この熾烈なグローバル競争という現実の下で、ややもすると、すべてに経済合理性という意識が優先されがちな今日、この掛け替えのない民族の魂と智慧、高潔の精神を、われわれが置き忘れていないことを祈るものである。
(※1)1970 年 毎日新聞社刊 P36、
タゴール著作集 第8巻 482頁「日本の精神 高良とみ訳」第三文明社刊
(※2)川端康成著「美の存在と発見 P34」、
タゴール著作集 第8巻 489頁「東洋文化と日本の使命 高良とみ訳」第三文明社刊
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