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技術を誕生させた材料、進歩させた材料(新日本製鐵)

と き :2008年3月19日
会 場 :森戸記念会館
ご講演 :新日本製鐵 (株) 技術開発本部 鋼材研究所 鋼材第二研究部長 
     主任研究員 吉江淳彦氏
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規

 

 21世紀フォーラムの2007年度後期 最終回は、新日本製鉄の吉江淳彦主幹研究員(技術開発本部 鋼材研究所 鋼材第二研究部長)に、「技術を誕生させた材料、進歩させた材料」と題するお話をいただいた。
 鉄鋼は、最も古い材料の一つであるが、なおも大きな技術進歩を続けている。それは、鋼材の中にさまざまな物質を加えることにより、より高度な性能、高度な機能を持つ新材料を創り出すことができるからであり、また社会が新しい材料を次々に要求することによって鋼材の進歩を促すからである。その鉄鋼の技術進展に見事に応えてきたのが、日本の鉄鋼業であり、新日本製鉄はその先頭に立つものだ。
 吉江さんの話の主題は、酸素であった。FeOである鉄鉱石には大量の酸素が含まれている。製鉄はその酸素をコークスの燃焼によって除去することなのだが、作った鋼材の中には、AlやMgなどとの酸化化合物として残ることになる。この介在物が、種々の問題を引き起こす。したがって、介在物を取り除くよう大きな努力を重ねる。しかし、徹底的に無くそうとしても、限界があり、ゼロにはできない。そこで、介在物が少々あっても問題を生じないような方法を考えることになった。つまり、酸素となんとか協調するのであり、それによって成果を上げた。さらに、邪魔なはずの酸素を活用する方法も考え出した。まさしく、鉄の中の含有物によって、鋼材にはさまざまな可能性が生じることを如実に示すお話であった。 
   最初のテーマは、自動車のタイヤに用いられているスチールコードであった。0、1-0、2ミリの非常に細い線にするのだが、細く引く工程でしばしば切れるという問題があった。それは、酸素化合物が介在するからであり、その個所で切れるのである。そこで、介在物を極力減らすよう努めたが、10ppmまで減らしても、なおも断線が生じる。これは、東京ドームにボール一個ほどのきわめて少ない量だ。
 そこで、断線が生じる状況を深く分析して、介在物が低い融点のものであれば切れにくいことを発見して、介在物の低融点化に努めた。それによって、断線をほぼゼロにすることに成功したのである。つまり酸素との協調である。

 いまスチールコードは各方面で広く利用されるようになり、最先端のものとしてはシリコンウエファーの切断に用いられるが、それは0、14ミリである。放電加工にも利用されているが、もっとも細いのはアユ釣り用の糸であり、0、016ミリのものを7本束ねている。
次に、吊り橋に用いるワイヤの話があった。これは海上に設置するために、強力な錆止めが必要であり、亜鉛メッキをしなければならないが、メッキ作業は高温で行うために組織が崩壊して、Cの層が崩れて強度が落ちる。そこで、3D-AP(アトム・プローブ)装置を用いて、原子レベルで分析して、メッキをしてもCが抜けないような方策を考え出して、ワイヤの強度を保つのに成功した。鉄鋼の開発では、原子レベルのきわめて高度な分析機器を駆使しているのである。
こうして吊り橋用のワイヤの強度を上げることができて、明石大橋では、ワイヤを束ねて作るロープを従来のものでは4本必要であったのを、2本に減らすことができた。それによって、5カ月ほど工期が短縮され、240億円も工費を削減することができたという。その明石大橋の壮大な工事を数多くのスライドで詳しく説明された。
 酸素を活用したのは、大入力溶接である。溶接は、その個所がきわめて高温になるので、組織が壊れて、強度が落ちる問題が生じる。そこで、船舶などは、小さな入力で少しずつ溶接し、それを何度も重ねて仕上げるのだが、その手間が大きい。
   大入力の溶接ができれば、一度で溶接を終えることができるのであり、その可能性を探ったのだが、酸化物を用いるアイデアが生まれた。加えた熱によって結晶粒が成長して組織が変わるのだが、その成長を酸化物によって抑えようというのである。鋼材の中に数10から数100ナノメートルのきわめて微細な酸化物を無数に分散させて、目的を達することができた。これはまさしくナノテクノロジーであり、材料においてはナノテクがすでに実用化している。
 このような話を終えて、ディスカッションが盛んに行われたが、鉄鋼のユーザーや分析機器のメーカーとの密な協力関係が質疑で明らかになり関心を引いた。吉江さんは、日本では自動車産業などユーザーがとても強力であるから、鉄鋼メーカーも強く刺激されて、技術開発が進むと協調された。この企業間の連携が強いことこそが、日本の産業、企業の持つ強みである。この強みをこれから大いに活かしていかねばならないと、深く考えさせられた。

(2008.3.25 森谷正規)

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