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防衛分野と世界を舞台とする民間航空機器開発

と   き : 2008年5月15日
ご 講 演 : ナブテスコ(株)代表取締役社長 松本和幸氏
訪 問 先 : 同社 岐阜工場
コーディネーター: 相馬和彦氏(元帝人(株)取締役 研究部門長)
 

 2008年度(前期)「異業種・独自企業研究会」第4回例会は、5月15日にナブテスコ岐阜工場を訪問した。ナブテスコは前身の帝人製機時代から航空機用フライト・コントローラーやアクチュエーターで国内トップメーカーであったが、ナブコと2004年に事業統合した後では、精密減速機、鉄道車両用ブレーキ、商用車エアブレーキ、建物・産業用自動ドア、プラットホームスクリーンドアなど多くの製品分野で高い市場占有率を誇っている。松本社長の講演で具体的な数値が示すような海外および国内で高い市場占有率を有する数多くの主要製品を所持していることは、ナブテスコが培ってきた高度の技術力および営業力を示している。ナブテスコはカンパニー制を取っており、今回は航空宇宙カンパニーの主力工場である岐阜工場を訪問した。
 最初に岐阜工場長・理事長田信隆氏より、岐阜工場の概況説明がなされた。1944年に帝人より分離独立して帝人航空機が岩国に設立されたのが、航空機事業の開始となる。翌年帝人製機と社名変更し、1961年には垂井工場、1971年には岐阜工業を建設した。2004年のナブコとの事業統合を経て、岐阜工場は航空機事業の主力工場となっている。
宇宙航空カンパニーの従業員はほぼ600名、45,000㎡の広さがある岐阜工場に569名、米国ワシントン州のRedmondにある敷地面積10,600㎡のナブテスコエアロスペースに37名が在籍している。

民需では、Boeingのすべてのプログラム(機種)に納入している。現在開発中のプログラムは、787-3/8/9および747-8である。その他の顧客では、海外はBombardier, Cessna, Bell, Sikorsky, ACAC(China)-ARJ、国内は MHI-MRJなどがある。軍需では国内のMHI, KHI, FHI, 新明和、IHIが顧客である。開発中のものには、KHIとのP-X, C-Xがある。
主要な製品としては、フライトコントロールシステムがある。これは油圧のアクチュエーターと電気式コントローラーを組み合わせたシステムで、Boeing777などに使用されている。新明和の救難飛行艇であるUS-1A 改にも、油圧アクチュエーターが採用されている。ハイドロシステムはF-15用に使用されているが、これはライセンス技術である。戦闘機はエンジンの回転を利用して発電するが、エンジンの回転数は飛行中に大きく変動するので、トランスミッションによって一定の回転に変換する必要がある。このトランスミッションをF-15やF-2用に納入している。これ以外にも、航空機の運行に必要なランディングシステムやステアリングユニットも製造している。システムとしては、独自技術にライセンス技術を組み合わせ、部品ではなくフルシステムとして納入するようにしている。電動式アクチュエーター(EMA)は、FHIの多目的小型無人機用に開発した。
航空機用部品の開発は息が長く、基本設計から一号機の初飛行まで7年掛かる。基本設計開始後3年目で部品を受注し、開発・テストを経て5年目の末に最初の部品が納入される。安全性の評価では、飛行前のPSSA、飛行によるSSAに合格する必要がある。
安全性を確認するための技術試験は、-54~120℃の温度試験、高度試験、電磁干渉、振動、衝突テスト(鳥との)、砂塵試験(アリゾナの砂を使用)などを自社内の試験設備で実施している。
現在開発中の製品例としては、以下のものがある。 
1. XP-1 flight control system first flight ‘07 9 first delivery ’09 10
2. 787HVDC rack & panel 〃 〃’08 10-12  〃  〃’09 7-9
3. 747-8flight control system  〃 〃’09 4 〃  〃’09 9
4. MRJflight control system  〃 〃’11     〃  〃‘14
現在の主要製品であるflight control systemでは、発電等の主要部品は自社生産をしているが、生産量から言えば多品種小量生産とは言えない程の多品種微量生産の領域である。加工、組み立て、検査などの通常工程に加え、メッキなどの特殊工程も必要である。アルミやアルミ合金を使用したマニフォールドやハウジングの高速高能率加工や、コントロールバルブを1μ単位でマッチングさせるための高精度加工も行っている。一部を外部調達するにしても、調達先の制限があってこれをどう克服していくかが課題となっている。
品質管理と品質保証については、規格としてJISQ9100やBoeing社の特別仕様であるD6-82479を満足させなければならないが、そのために変更管理システム、測定機器精度維持管理システム等々様々な品質管理システムを維持・管理する必要がある。また部品の修理業務の認定を得るためには、各国航空局ごとの個別認定用システムも必要となる。
次いで代表取締役社長の松本和幸氏より、「防衛分野と世界を舞台とする民間航空機器開発」と題する講演をいただいた。講演では、ナブテスコへの事業統合時の具体的な方針、統合後の事業内容とビジネス戦略、航空機分野への参入時に経験した困難などが網羅され、同じグループの帝人に勤務した筆者にとっても初めて聞く内容であり、企業としての「志」の高さに感銘を受けた。内容は多岐に渡るので、以下に要旨のみを纏めた。
 ナブテスコの従業員は単体で2,200名、連結で3,884名在籍しており、連結売上(2008年3月期)は1,742億円、営業利益194億円、純利益110億円である。2003年9月に帝人製機とナブコが経営統合され、2004年10月には事業統合された。事業統合を控えた2004年1月に長期ビジョン委員会が作られ、そこで新しく発足する企業の企業理念とビジョンが討議され、統合のプラス、企業理念、約束、長期ビジョンと中期計画が早期に設定された。そこで、①年商1,000億円越えを目指すことおよびA級格付けを獲得すること、②内部競争意識を芽生えさせる、③統合相手お互いの優れた点を学ぶこと、④互いの要素技術を商品開発に展開すること、⑤一流の人財とコンサルタントの活用、などが決定され、具体的な手を打った。
 反省点として気づいたことには、①人財ローテーションの活発化、②グローバル人財の育成、③発信型人財の育成、④事業整理後の新たな種蒔き、⑤床に埋まった利益に気づかせる工夫、などが挙げられる。
 事業セグメント毎に海外および国内シェアーの高い製品群を有しており、これがナブテスコの強みになっている。以下に例を述べる。
 精密機械セグメント; 精密減速機 ロボット関節に使用され、世界シェアーが60%。開発に3年掛かったが、5年目で収益を上げるようになった。ATC電源もシェアー60%。
 輸送用機器セグメント; 鉄道ブレーキ 国内シェアー(以下省略)55%、鉄道車両用ドア開閉装置 70%。商用車用エアブレーキのウェッジチェンバー 70%、商用車用エアドライヤー 85%、船舶用エンジンリモート・コントロールシステム 55%(世界でも35%)、
航空・油圧セグメント; フライト・コントロール、アクチュエーター 50%、パワーショベル用走行ユニット 40%。
 産業用セグメント; 建物・産業用自動ドア 50%、プラットフォームのスクリーンドア 95%、レトルト包装用充填包装機 85%。 
 ナブテスコのビジネス戦略は、まず特定優良顧客の課題を差別化技術で解決することである。このための技術としては、自社開発技術+導入技術+M&Dで対応し、優良顧客の課題を解決した後では、これを他の用途開発に活用する。その結果、他の大手企業を新規顧客として開拓するという技術基本戦略で展開している。また顧客と共に成長することを目標としており、その結果いったん販売した部品のリペアマーケット(アフターマーケット)も獲得出来、利益率が高い。
 航空機ビジネスは、戦後暫く凍結期があったが、その後で防衛庁主体の事業となり、この時期に技術を育んだ。その後は航空機が民需・軍需共に大拡張時代を迎えて発展したが、更に技術革新時代となった。航空機ビジネスには大きな先行投資と長期間の回収が必要であったが、利益が出るまで航空機以外の事業が企業を支えてくれた。民需と軍需の比率は、2009年で50:50となる見込みで、その後は民需のほうが伸びるだろう。
 防衛庁向けの事業は利益が低いが開発費を見てくれるので、ここで開発した技術を民需へ活用してきた。1970年に民間航空機に参入した。その時の方針として、顧客はトップを狙うこととし、BoeingとCessnaを目標とした。また製品はアクチュエーターに特化して開発した。また最初から自社営業を原則とし、商社を代理人とする安易な方法は取らなかった。その結果、10数年は赤字に苦しんだがそれに耐え、ついにBoeing777用のプライマリーフライトコントロール・アクチュエーターシステム受注に成功した。
 これからの事業戦略としては、環境を重視する。市場は20年で2.5倍に拡大するだろう。またコアビジネスに集中して展開を図る。フライトコントロール・アクチュエーターシステムも油圧作動 → 油圧と電気のハイブリッドシステム → 電気作動へと進化していくので、独自技術の開発で対応する。また競合も激化するので、独自技術だけではなく、合従連衡やパートナーとの連携強化も推進する。
 事業展開の点では、カンパニー制を越えた全社の技術ロードマップを作成し、中長期のテーマについては技術本部がコントロールする。また商品開発でも、機器個別ではなく、システムとして顧客から受注する方向へ持って行く。
 改革と改善を継続して行くが、改革は倍半分の変化があるもの、改善は10~20%の効果があるものに分け、両者を並行して追及する。
 社員へのメッセージとしては、「一流の客にパートナーとして認められる」提案が出来ることおよび「胸を張って生きれる会社」にすることを伝えている。また競争力ある創造を目指し、強さの組み合わせを行いたい。そのためには、あらゆることに「関心」を持つことが必要であり、そのためには意識して「場」を設ける工夫を行っている。
 講演後に質疑応答を行った。今回はスケジュールの関係で1時間以上質疑応答に割くことが可能であったが、講演内容に刺激されて多くの質問が出され、また質問に対する懇切丁寧な回答をいただいたため、時間が足りないほど充実した時間を持つことが出来た。質疑応答のうちの一部を以下に要約する。
 長期間の信頼性が要求される製品で高いシェアーを獲得出来た理由は?; 材料の品質、工作精度、工作プロセス(例えば熱処理時の炉内温度のバラツキ)、品質評価で高いレベルを達成したこと。信頼性は部品からシステム全体へと移行している。
 航空機用機器はSSAなどによる認可が必要で、品質維持のために技術は保守的になり勝ち。こういう分野で革新性との両立は可能か?; 大きな効果が期待されるような技術革新を行えば、顧客は認可を取り直しても受け入れる。そういう実例はいくつかある。
 航空機分野への新規参入者にも拘わらず受注出来た理由は?; 品質で優れたものを作っただけでなく、顧客との間に人間的な信頼関係を築けたこと。あそこに作らせてやろうという気を相手が持ってくれた。
 事業統合のきっかけは何か?; 部長レベルでお互い話すことが多く、そこでこのままでは両社ともに立ち行かなくなるという共通認識が出来てきた。それが経営層に上がってきたので、検討が始まった。通常のトップダウンとは違う発想とプロセスだったことが、統合してから旨く融合出来た理由の一つになった可能性がある。
 製品の種類が多いが、技術開発部隊はどの程度居るのか?; 航空機カンパニー600人のうちで、約100名が技術開発に従事している。少々余裕がないとの認識はあり、少しずつ増員している。数だけではなく質も課題であり、最近は有名大学出身者の優秀な人財も入社を希望するようになってきた。
 人財育成はどのようにやっているか?; 社長がトップの人財育成委員会があり、特に部長や役員候補の育成を心がけている。国際的に通用する人財育成が急がれる。
 質疑応答の後で工場見学を行った。最初にコントロールバルブ製造工程を見学した。バルブは、顧客ではなくナブテスコが設計する。メタルーメタルシールの精度は1μ。研磨は3回行い、最後のラッピングは手作業。ゲージの80~85%は社内で製造している。フロアーには電着CBN高速円筒研削機など研削機が数多く並んでいる。多品種微量生産のため、段取り時間が全体の7割に達するので、これを以下に短くするかが課題。B787用cold plateはアルミ合金で歪が発生し易い。これを現在改良中。B777用flaperonは一体成型で作られ、従来設計品に比べて振動で壊れ難いことが特徴であるが、これはナブテスコのアイデアで提案し採用されたとのこと。FMC(flexible manufacturing center) も採用しているが、生産数の少ないものだけでなく、多いものにも有効。その他にシリンダーとピストン加工、寸法検査、バリ取り作業工程を見学した。
 次に組立工程とrepair stationを見学した。軍用と民用は使用する油が異なるため、工程を分けて組立てる。B777のflaperon検査工程見学。
 完成品検査工程では、B787のcold chassis検査、アクチュエーター組立て完成試験を見学した。アクチュエーターは700~800種あるとのこと。
 自動倉庫には加工治具および部品が管理されている。航空機器では30~40年に渡るアフターサービスが必要なので、部品を作りだめせずに注文を受けてから必要な治具とソフトウェアを倉庫より取り出して製造する。
 熱処理工程は95%社内で対応している。顧客の品質管理要求が厳しいこと、参入当初は下請けもなかったので自社でやらざるを得なかったのが理由である。
 精密測定室では、特に精度の厳しいものを対象とし、測定後に研磨が必要であれば研磨を行って精度を満たす。
 今回訪問したナブテスコは、精密機器、輸送用機器、航空・油圧機器、産業用機器の分野で高い市場シェアーを有する特徴企業であり、競争力の源泉を独自技術に置いている。特に岐阜工場で製造される航空機器は、1970年に航空機器事業に参入してから、1991年にB777のプライマリーフライトコントロール・アクチュエーターシステム受注に成功するまで、実に21年の歳月を掛けている。途中の赤字時期は他の事業で会社を支えたとはいえ、これだけ長期の投資を可能にした経営者の志の高さと意思の強靭さは、現代とは異なる当時の状況を考慮しても敬服に値する。またその当時から商社に頼るという安易な道は選ばず、自社営業を行うと決定したことは、その後の発展を考えるとまさに正鵠を得た判断であった。
工場では、従来訪問した自動車メーカーや機械メーカーとはかなり異なる多品種微量生産工程を見学出来たため、製造方法やコスト管理などの面で様々な差が見られて興味深かった。
今回のナブテスコ岐阜工場訪問では、独自技術を自社開発する重要性と共に、新規事業進出決定から成功まで、経営方針の一貫性が必須であることを再認識させる貴重な経験をすることが出来た。
(文責 相馬和彦)

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