- 2008-11-26 (水) 12:03
- イノベーションフォーラム21
と き :2008年11月13日
会 場 :新宿オークタワー
ご講演 :(株)ニコン 執行役員 映像カンパニー副プレジデント 後藤哲朗 氏
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規氏
21世紀フォーラムの2008年度(後期)第3回は、ニコンの執行役員映像カンパニー副プレジデントである後藤哲朗さんの「ニコンデジタル一眼レフカメラ D3,D300,D700開発少史」と題するお話であった。ニコンはキャノンと並ぶ日本の、というより世界のカメラ両巨頭である。いまカメラはいよいよデジタルの時代に大転換しているのだが、ニコンは、デジタルカメラではキャノンに少し後れを取っていた。ところが、この数年、ニコンの本領である一眼レフカメラで、見事に巻き返した。D3が2008年のカメラグランプリ大賞を受賞し、D700も非常に高く評価され、人気を呼んでいる。ニコンは、いかにしてこうした素晴らしい開発を次々に成し遂げたのか、そのお話を詳しく伺うことができた。
後藤さんのお話は、まずカメラマニアであった生い立ちから始まった。キヤノンのファンでもあったと、いまはライバルのカメラの良さを率直に誉める。ニコンに入ってからは、フラグシップのシリーズであるF3の設計から仕事を始めた。それから一貫してカメラの開発に携わってきて、カメラ一筋である。次いで、カメラの歴史を紹介する。カメラオブスクラやダゲレオタイプというごく初期のカメラから入ったが、当時はISOが0、001のレベルであったそうである。写真家の話もあって、“決定的瞬間”のアンリ・カルチエブレッソンの名が出た。まさしく決定的瞬間の写真もあった。日本のカメラ業界の発展の歴史にも触れた。戦後はカメラも、ドイツなどの模倣から始めて、低価格での輸出に努めた。だが、技術は急速に進んで、1962年には生産量でドイツを抜いたという。ニコンが、戦後間もなく、海外でその高性能が認められて、プロカメラマンが愛用するようになった経緯の話もあった。
本論に入ると、カメラの要素技術について、一つ一つ、写真や図面を駆使して、非常に詳しい話があった。その要素が、シャッター、ファインダー、ストロボ、巻き上げ、露出計、フィルムなど非常に数が多く、その説明にたいへん長い時間を要した。カメラとは要素技術がまったく多種多様であり、じつに複雑なシステムであると改めて知った。そして、それぞれに新しいメカニズムを長年にわたって次から次へと出していく。絶えざる進歩が続いてきた技術システムであることを実感した。その絶えざる努力こそが、日本の本領であり、その蓄積は非常に大きく、高度なカメラでの日本の強さは、今後も少しも揺らがないだろうと思わせた。
そのさまざまな新しい技術は、カメラメーカーの側から提案したものが大部分であるという。自動露出や自動焦点もメーカーからの提案であり、プロカメラマンは当初は、そんなものは不要だと反発したが、いまではそれを完全に受け入れている。
そのメーカーからの提案は、デジタルカメラの時代になって、新しい方向に向いているようだ。いまニコンが提案しているものが三つ紹介されたが、第一は、写すシーンをもとに、いかに良い写真にするのかの手段を示して選んでもらうものだ。第二は、顧客から写真を預かって、いつでも提供できるようにすることだ。第三は、カメラで動画を撮って、ムービーにすることである。これらはデジタル化して、その処理と記録の技術が非常に大きく進んできたことによって可能になったものである。カメラとその使いようが大きく変わってきていることを実感した。
巻き返した3種のデジタル一眼レフカメラの開発をいかに進めたのかの話では、キヤノンを強く意識して、2007年に、キヤノンが新機種を出すのを待って、それを見て、超える性能の新製品を出したという。もちろんそれは、高性能、高機能を目指した開発に非常な努力を積んできたから可能になったのだが、隅っこの光も集光する、16ビットで処理をする、1005に分割してシーン認識をする、光源を正確に把握する、マグネシウム合金のボディでゴミの侵入を完全になくすなど挙げればキリがないほどの数多くの新技術を開発している。デジタルカメラでは、やれば可能になる新しい機能がいくらでもあるのだと分かる。デジタルは、カメラを大きく変えていることを痛感した。
だが、カメラにおいてアナログ技術がいまも非常に重要な位置を占めていることも強調された。デジタルで高度なことをやる基礎がアナログ技術であるようだ。多種多様な要素技術にも、アナログが基本であるものが多いのである。
最後の質疑と討論の時間に面白いやりとりがあったので、紹介する。ニコンは、キヤノンに生産台数では大きく離されている。それはコンパクトカメラが得意ではないからだ。いまでは、新機種を出しても売れるのは半年だけという大乱戦になっていて、ニコンは得手ではない。そこで、私が、ニコンはコンパクトカメラを止めてしまったらどうかと、少々挑発的なことを言った。すると後藤さんは、顧客のニーズを掴むために、生産技術を確保するために、コンパクトカメラは絶対に止める訳にはいかないと強い口調で答えた。そこで、ではコンパクトカメラは、同一機種を4年も5年も作り続けて、それで評判を高めるのはどうかと言うと、それは考えられるとのお答えであった。ニコンの持つ非常に高度な技術を活かして、ニコン独自の行き方をして欲しいものである。
(2008年11月 森谷正規)
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