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航空・宇宙機器で培った技術の進化、融合を目指して

と   き : 2009年4月3日
訪 問 先 : 住友精密工業(株) 本社工場
講   師 : 代表取締役社長 神永 晉氏
コーディィネーター:相馬和彦氏 (元帝人(株)取締役 研究部門長)

 2009年度前期「異業種・独自企業研究会」の第二回は、平成21年4月3日、尼崎市にある住友精密工業株式会社の本社工場を訪問した。住友精密工業は航空宇宙分野でランディングシステム、熱制御システム、プロペラ・油圧システムで世界のトップ企業として半世紀に渡る歴史を持ち、その技術力をベースとして広く産業や社会で利用される熱制御や油圧制御システム、更には、環境システムへの進出を果たしている。特にMEMS技術にはその揺籃期から取り組み、液晶、半導体、センサー分野への応用を実現し、新規事業として発展させたのは特筆に価する。新規事業を新技術で創出することが益々難しくなり、M&Aのような手っ取り早い手段に走る経営者が増えている昨今、新技術で新規事業を作り上げた当事者である神永晉社長から、そもそもの発想とそこに至る経緯をお聴きできるのは、貴重な示唆が得られるものと大きな期待を持って訪問した。
 最初に代表取締役社長の神永晉氏より、「航空機装備品事業からMEMS事業にいたるまで」と題し、会社のルーツから今日に至るまでのコア技術の発展とそれをベースにした事業展開について講演をお聴きした。
 住友精密工業の売上は2007年度連結で499億円、従業員は連結で約1,400名、国内工場を滋賀、尼崎工場、和歌山に有している。尼崎には昨年末に新工場が完成したが、更に新工場を建設中である。海外には、米国、英国、中国、台湾に子会社、合弁会社や営業所を有している。
 事業のルーツは1916年、英国で入手したツェッペリン飛行船の破片を当時の住友伸銅所で分析し、ジェラルミンの試作を開始したことに遡る。1925年に航空機用プロペラの製造を開始し、1933年にはハミルトン社からのライセンスで金属プロペラの製造を始めた。1961年には住友金属工業から分離独立し、住友精密工業となった。1985年にエアバスからエンジン用の熱交換器を受注したのが海外事業の始まりとなり、1997年にボンバルディア社から航空機用脚システムを受注したのが本格的な脚システム事業の開始である。
 2008年度の事業比率としては、航空宇宙用機器が37%、熱制御機器(産業用熱交換器)が29%、産業用装置(液晶用エッチング装置、オゾン発生装置)が18%、MEMS/半導体装置が16%となっている。
 航空宇宙機器では、国内は防衛向けにプロペラや脚システムを、海外は民間機向けに、脚システムや空調・熱制御システムを供給している。熱制御機器では、低温工業用熱交換器(空気分離プラントや石油化学プラント向け)、LNG気化装置、汎用品熱交換器(車両用)、高温熱交換器(燃料電池、小型ガスタービン向け)などを製造している。産業用装置では、環境用のオゾン処理システム、液晶用ウエットプロセス装置、油圧機器がある。環境用途は、殺菌剤として塩素からオゾンへ変換が進むことにより需要が伸びている。MEMS/半導体装置では、シリコン深掘り装置、シリコン酸化膜犠牲層エッチング装置、ジャイロセンサー(自動車向け)などがある。  航空宇宙機器では国内と海外で事業形態が異なっている。国内では住友精密はコンポーネントを供給し、システム化は機体メーカーが行なっているのに対し、海外ではコンポーネントも供給するし、システムインテグレーターとしてシステムも供給している。このシステム化の分野が海外の主戦場となっている。また機体メーカーへのOEMは、価格競争で儲からないため、その後の補用部品で費用を回収する。補用部品の供給は20年間あるが、OEMと補用部品供給をバランスさせどうやって事業利益を出すかは容易ではない。その一方法として、航空機用熱制御機器で、ロールスロイスのリスクシェアパートナーに最近参加した。
 MEMSは、シリコン深堀(構造の作成)と犠牲層エッチング(構造の可動化)技術を組み合わせ、住友精密により世界で始めて開発・製品化された。また、車両には60~100個のセンサーが使用されており、MEMSセンサーを用いることにより革新的な小型化、軽量化、低消費エネルギー化が可能となるため、普及が期待されている。MEMSの市場は世界で伸びてはいるものの、MEMSのメーカーで2007年時点での売上高100億円以上が16社もあり、1000億円を超える企業はない状態で、競争は厳しい。
 住友精密がMEMSを始めたのは、機械メーカーがエレクトロニクスに近づく方法はないかと模索する中で、MEMSに目を付け、ツールから手掛けたことにある。技術のある会社を探し、1992年に英国のSTS社と総代理店契約を結んだ。STSはボッシュとの共同開発により、新しいスイッチングプロセスを1994年に特許化したが、その翌年の1995年に、住友精密はSTSを買収して子会社化した。ボッシュプロセスをnon-exclusiveでライセンスを受け、それにノッチフリープロセスなどの自社技術によるプラスアルファを行なうことによって付加価値を高め、Pegasusシリーズの開発へ繋げた。エッチングレートの向上は現在でも継続されており、最近のものは100μm/mmを超えるレベルに達している。
 MEMS製造技術は半導体への展開も可能と期待している。半導体の集積度を上げるための微細化にコストの限界が見えており、それをDRIE(Deep Reactive Ion Etching)の応用で、3Dパッケージとして解決出来ないかという期待である。今後の事業展開としては、航空宇宙、熱・エネルギー、環境保護、マイクロ・ナノの事業分野で、特徴ある独自技術を横串に展開し、”niche top”を目指す方針が表明された。

 次いでグループに分かれて、工場見学に移った。筆者のグループによる工程見学順に見学内容の概要を述べる。
①ショールーム
ボンバルディア社用主脚は、トータルシステムで納入。海水を利用した液化ガス気化装置では、内部がスパイラルになっていて、海水は膜状で流すなど工夫が多く見られた。
②脚の安全性テスト装置
機体の重さをつけ、回転ドラムの上に落下させて破損の有無をテストする。初回のみのテスト。
③組立と塗装工程
ホンダジェット、エアバス、ボンバルディア用などの脚の組立工程。プロペラはオーバーホール中のもので、表面のキズを手作業で除去し、4枚のダイナミックバランスを取る。新規の注文は少ない由。
④MEMS
エッチング装置製造用クリーンルームを窓から覗く。試験装置が10台ほど見え、4~5名で顧客のサンプルをテスト中。この部分は、新工場へ移設予定。
⑤第8工場
建設途中の第8工場を見学した。一部の移転は行なわれていたが、未だスペースは広く空いていて、これから移設が本格化する予定。4階の半導体製造装置工場には、24台置けるスペースがあり、年間24台から60台以上に生産量が増大可能。シラン系、塩素系ガスが使用可能。3チャンバー、4チャンバーのクラスター型プラットフォームが組み立て中。4チャンバーは台湾向けの由。1階の熱交換器工場では、熱交換器用の小径チューブ(約1,200本ある)のロウ付け工程や修理工程を見学。熱交換器には、油用(潤滑油と燃料)と空気用(エンジンコンプレッサーとRAM空気)の2種がある。2階の熱交換器の溶接工程見学。15品種で全体の80%を占める。
MEMSは技術の可能性が示唆されてから、かなり長期間に渡って具体的な事業化が少ないと指摘されて来た。最初の期待が大きかったため、失望もその分大きかったのではないかと推測される。その中で、住友精密は初期段階からMEMSに着目し、事業化の困難に直面しても他社のように途中で諦めることなく、自社技術開発を継続しながら、事業的観点から総代理店契約を結び、それを更に企業買収へと着実に実行し、事業化を実現して来た。技術開発と事業開発が二輪として連動した極めて貴重な事例であると思う。そして、その二つを支えたのは、エレクトロニクス事業に何としても近づきたいという「夢」と「志」だったのではないだろうか。3月度お訪ねした大嶋電機とは内容が異なるものの、松下幸之助氏が常々述べていた「志を立て決意することは大事だが、それ以上に大事なのはそうした志なり決意を持ち続けることである」という言葉を見事に実現した事例であることに、深く敬意を表したいと思う。

(文責 相馬和彦)

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