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2010-03

多くの失敗プロジェクトから考える

と き :2009年11月26日
会 場 :東京理科大学 森戸記念館
ご講演 : (株)豊田中央研究所 代表取締役  瀧本正民氏
コーディネーター:放送大学 客員教授 森谷正規氏
 

 「21世紀フォーラム」2009(後期)の第3回は、豊田中央研究所の代表取締役である瀧本正民さんの「多くの失敗プロジェクトから考える」というテーマでのお話であった。瀧本さんは、トヨタ自動車の前副社長であり、トヨタの技術開発の総リーダーを長年にわたって務めてこられた方であり、いまではGMを抜いて世界でトップの自動車メーカーに発展したトヨタの技術の神髄に触れることができる。
前半は、失敗プロジェクトについてであるが、トヨタがいかなる失敗をしたのか、非常に大きなものはないはずである。最初に挙げたのは、マスキー法日本版に対する対策である。公害問題が激化した時代であり、自動車排ガスに対する厳しい規制が課せられたのだが、自動車メーカーは対応に苦慮した。まずは触媒による排ガス浄化が可能性が高いのだが、ホンダがエンジン改良による対応であるCVCCを開発して成果を上げていたので、トヨタはその技術を導入した。これはガソリンに対して空気をリッチにした希薄な状態で燃焼させて有害成分の発生を減少させる方法であり、その最適な状態を探し出すのに長期の試行錯誤を繰り返さざるをえなかったという。そして、触媒浄化も加えて、ようやく技術を完成させた。問題解決に至るまで、多大の努力を要したことへの反省であった。これは、困難な技術開発には必然とも言える。しかし、それを失敗と見ることによって後の糧にすることができるのであり、トヨタらしい失敗への反省である。
 なお私は、CVCCを採用すれば、触媒浄化は必要は無いと認識していたので、不審に思った。そこでコーヒーブレイクの際に、ホンダの元副社長であった入交昭一郎さんが参加していたので、ホンダはどうだったのですかと問うてみたが、思いもかけない答えが返ってきた。CVCCでは、HC(ハイドロカーボン)がかなり残る問題がなかなか解決できなかった。ところがトヨタにCVCC技術を提供した後に、偶然にも解決策が見つかった。それは、ステンレスのマフラーを用いると、熱で真っ赤な灼熱状態になって、そこでHCが燃焼するというのである。マフラーが触媒浄化の役割を果たしたのだ。素晴らしい技術開発にも、このような偶然の成果があるのだ。
この会は、入交さんのような卓越した技術開発成果を上げた方々が参加されているのであり、コーヒーブレイクの際にその一端を知ることができる。
 また、失敗では、米国で開発した大型ピックアップトラック「タンドラ」の例も、簡単に触れられた。これは、2007年に発売したが、当初は売れたものの2008年に入って販売が落ち込んで減産そして中止に追いやられた。リーマンショックによるトヨタの大苦境の中で、新聞、雑誌でも失敗例としてしばしば取り上げられた。トヨタとしては珍しい新車開発の失敗であり、原因は原油価格の高騰、厳しい不況の到来などにあるが、もともと米国の車づくりの車種に手を出したのが、失敗の根本原因であるだろう。
 なお、このタンドラの失敗については、この会で何カ月か前に、トヨタの系列企業のトップであった人に雑談で、トヨタはなぜタンドラに手を出したのかを聞いて見たが、米国人の販売会社社長が強く勧めたということらしかった。
 瀧本さんのお話の後半は、これから激変していく自動車の将来と、それに対応するトヨタの基本姿勢であった。ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池自動車に変わっていくのだが、いかなる車が伸びていくのかが、大きなテーマである。そのお話では、トヨタの堅実な姿勢が感じ取られた。やはりハイブリッド車に全力を注ぐのであり、2020年までにガソリンエンジン車はすべてハイブリッド車にするという。これは至極真っ当な戦略である。トヨタは電気自動車では、非常に小型で簡易な車として、世に問うという方針である。これも、私の主張とまったく一致する。というのも、重くて大きくて高いという電池の問題がなかなか解決できないからである。電気自動車の将来は、リチウムイオン電池が、いつどれほど大幅なコストダウンをするかにかかっている。その点を瀧本さんに質問したのだが、明快な答えは得られなかった。相当に困難でありひたすら努力するしかないということであるだろう。
 これからも日本の大黒柱であり続ける乗用車、トヨタの将来についてのお話が聞けて、たいへん心強かった。

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次世代ロボテイクスフロンティア・サイバニクスの開拓

と き :2009年12月22日
会 場 :サイバーダイン社 (茨城県・つくば市)
ご講演 :筑波大学大学院システム情報工学研究科 教授 山海 嘉之氏
コーディネーター:放送大学 客員教授 森谷正規氏
 

 「21世紀フォーラム」2009(後期)の第4回は、つくば市にサイバーダイン社を訪ねて、筑波大学の山海嘉之教授に「次世代ロボティクスフロンティア・サイバニクスの開拓」のテーマでお話いただいた。つくば市まで出掛けたのは、開発されたロボットスーツHALを見せていただくためである。最近、テレビで時折見かける話題のロボットである。
 サイバーダイン社は、山海教授が代表取締役CEOを務めるベンチャー企業であり、平成16年に設立されたが、つくばエクスプレスの研究学園駅前にあって、壮大な建物である。入ると天井がとても高い広大な空間があって、日本企業のオフィス、工場にはほとんど見られないゆとりの大きい建物だ。まったく新しい技術とビジネスに挑戦する意気込みを見てとることができる。
 大学教授がベンチャー企業を起こすのは、米国では早くから非常に多く見られるが、日本では歴史が浅くまだ数少ない。米国では、特にバイオテクノロジーで多いのだが、このHALは、バイオテクノロジーと機械工学の結合であり、基礎研究から出発するので、大学の果たす役割がとても大きく、このような大学発のベンチャー企業になったのだろう。
 この10年来、産業用ロボットを越えるさまざまなロボットが開発されているが、大きな成果を上げているものはまだ少ない。いかなる用途に、どのようなロボットを開発するのかは、まだ模索中であると言える。その中で、企業化してビジネスに踏み出している数少ない例が、HALである。
 HALは、Hybrid Assistive Limbの略であり、体に装着する事によって、身体機能を拡張したり、増幅したりするロボットであり、福祉を始めとして、重作業や災害救助などに利用される。新型のロボットには、遊びなど目的が良く分からないものが多いが、これはまさしく実用的なロボットである。
 山海教授は、自らが創り出した設計思想である「サイバニクス」を説いた。既存の学術領域の枠に収まらない、人間を中心にした設計思想であり、非常に多くの分野の融合で生まれることを示した。脳神経科学、行動科学、ロボット工学、システム統合技術、IT技術、生理学、心理学、感性工学であり、さらに法律や倫理も関わってくる。人間と最も密接に結び付くロボット技術であるから、他の技術とは比較にならないほどの多くの領域を総合することが必要になるのだ。
 独創的な分野によるまったく新しいタイプの研究者の登場であるが、これが嬉しいことに日本発であり、山海教授は、海外でも高く評価されて、国際的に大活躍されている。ロボット王国日本の新しい可能性を示すものである。

 講演では、福祉施設における多くの実践を、ビデオで紹介された。腕や脚に装着するのだが、人に代わって大きな力を出す。そこで、ほとんど歩けなかった人が、一歩一歩着実に歩いたり、リハビリに用いて大きな成果を上げたり、歩けない人を背負って山に登ったりなどである。当人も周囲も、非常に喜ぶのが感動的であった。
 このHALの原理は、装着者の皮膚表面に張り付けられたセンサーで、手足を動かそうとして生じる微弱な生体電位信号を読み取って、ロボットを作動させるものである。HALを装着した人が動き回るのを見せていただいたが、健常者であり、その効能は良くは分からなかった。そこで、参加者に実体験をさせていただくことになり、数人が腕をまくってセンサーをつけて、自らロボットを動かした。見事に意思が伝わるようであり、みなが驚き、楽しんだ。
 このHALのような新しい分野を開拓してビジネスを成功させるに際して、大きな課題が二つある。一つは知的財産権の確保であり、一つは国際規格における日本のリーダーシップである。この点において、参加者といろいろと議論されたが、山海教授は、その重大性は強く認識していて、着々と手を打って来ているようである。新しい分野の新しいビジネスが生まれようとしているのを実見することができて、とても有意義であった。

森谷正規 

エプソンの長期ビジョンSE 15,成長復帰のロードマップ

と   き : 2009年11月12日
訪 問 先 : セイコーエプソン(株) 諏訪南事業所
講   師 : 代表取締役社長 碓井 稔氏
コーディネーター: 相馬和彦氏 (元帝人(株)取締役 研究部門長)

 2009年度後期の第3回は、平成21年11月12日に、長野県諏訪市にあるセイコーエプソン本社および諏訪南事業所を訪れた。セイコーエプソンはインクジェットプリンターとデジタル腕時計で名をはせているが、グローバル規模で激変するビジネス環境を克服し今後の更なる発展を目指して、「長期ビジョンSE15」を最近設定した。今回の訪問では、経営トップの碓井社長より長期ビジョンの核心を直接お聴きすると共に、同社のコア技術の見学をお願いした。
最初に碓井稔代表取締役社長より、「セイコーエプソンの長期ビジョン[SE15]について」と題した講演をいただいた。セイコーエプソンの事業ルーツは、1942年創業のメカウオッチにあるが、1964年の東京オリンピックで使用された水晶クロノメーターとプリンティングタイマーの開発で更なる飛躍が出来た。事業基盤が出来たのは、1968年のミニプリンターと1969年のアナログクオーツウオッチのお陰で、このときは要素技術を自社開発し、それぞれの要素技術が事業へと発展した結果である。その後も要素技術の自社開発は企業文化として継続され、それがセイコーエプソンの強みであるが、同時に事業化という観点からは一定の限界にもなっているという反省がある。

事業規模はこの間に飛躍的に拡大し、1969年に100億円だった売上は、2008年時点で11,224億円に増加した。事業内容も、1969年はウオッチが100%であったが、2008年は情報関連機器が67%、電子デバイス27%、ウオッチ6%の比率となった。
現在の社会のトレンドを見ると、企業にとって重要な視点はグローバリティ、環境、ビジネスモデルであり、成長を捉えるチャンスと変化に遅れるリスクが共存している。
セイコーエプソンとしては、成長を捉える新たなチャンスとして、3つの道筋を考えている。
①強みが生かせる分野に集中する。
②集中する事業では、事業ベースを徹底的に強化する。
コストに向き合う。顧客志向を徹底する。
③保有する強い技術と販売資産を活用し、新しい製品と事業を生み出す。
長期ビジョン[SE15]を要約すると、「省・小・精のコア技術を極め、強い技術を束ねて
プラットフォーム化し、付加価値を加えて強い事業集合体となること」である。それによって、世界中の顧客に感動を与えることが出来る「なくてはならない会社」を目指す。特にプリンター、プロジェクター、水晶・センサーを三つの重点事業分野に設定し、この分野でのコア技術開発体制の強化と技術のプラットフォーム化を展開している。
①マイクロピエゾテクノロジー
セイコーエプソンのインクジェットは、マイクロピエゾ方式であり、この方式で実現可能な機器はすべて手掛ける方針である。特にビジネス用、産業用、商業用(ミニラボ用)に注力し、捺染用、カラーフィルター製造用プリンターなどの開発が行われている。
②3LCDプロジェクター
1988年に上市し、全プロジェクターの60%を占めている。今は文教用が主であるが、これをコンシューマー用、商業・産業用への展開を図る。
③水晶デバイス
水晶と省電力IC技術を組み合わせ、安心、安全、快適を生み出す新デバイスを開発中。例えば、高精度のジャイロセンサー、精度が±30paの絶対圧センサー(空気中で3cmの高度差を検出可能な精度)などがある。
特許出願にも力を入れていて、国内登録件数で7番、米国登録件数で14番の位置にあるが、これを事業という実績に結びつけたい。技術のタネは多いが、それをもっと具体的な製品や事業の創出へ結びつけたい。
次にグループに分かれてものづくり塾を見学した。ものづくり塾は、ものづくり歴史館と技能道場からなり、筆者のグループは、最初にものづくり歴史館、ついで技能道場を見学した。ものづくり歴史館にある製品の歴史・変遷の展示室は、技能・技術教育の一環として、1990年以降入社の新人には、0から1の発想の大切さや改善・改良の意味を考えさえる場として活用している。会社の歴史・デバイス展示および時計展示室を次に見学した。セイコーエプソンでは、部品まですべて自製する方針だったが、最近では部品の90%は外部から購入している。時計では自製率は70%を未だ維持しているとのことであった。技能道場ではものづくりの原点を教育するため、工作機械は全部マニュアルで揃え、単に技能を向上させるだけでなく、人づくりも目指している。技能五輪45種目中の3種目に挑戦している。技能道場への入門者は、希望者から選ぶ方式を取っている。
ものづくり塾の見学終了後、諏訪南工場へ移動し、「セイコーエプソンの研究開発体制」について、常務取締役 技術開発本部長の小口徹氏よりお話しを伺った。
技術開発本部のミッションは、新規事業創出、生産革新、技術課題可決の3つがある。新規事業創出は、コア技術を極めることにより、生産革新は生産技術を極めて生産性を向上させることにより、技術課題解決はKHを極めることにより達成を目指している。
平成21年4月にバリューチェーン事業体制が発足した。これは、従来は必ずしも旨く機能していたとは言えなかった、創る→作る→届けるという各プロセスを一体化することを目標にしている。そのために、知的財産本部、技術開発本部、事業部の3者が一体となって協力する体制が必要であった。
最後に業務執行役員 技術開発本部副本部長の福島米春氏より「エプソンの技術をお客様にお届けする商業・産業用向け機器の技術紹介」をいただいた後、展開中の最新機器を見学した。
①マイクロピエゾテクノロジー 
駆動波形によって、用途別にインク制御を行う。具体的な機器としては、大型カラーフィルター、ラベル印刷機、捺染印刷機を見学した。大型カラーフィルターは2015年にアナログ印刷で33.3兆円、デジタル印刷で12.8兆円と予想されており、成長産業である。パネルの大型化に対応可能な機種を開発している。ラベル印刷機はフレキソを超える高画質で、一般のアナログ印刷用紙にも印刷可能である。ヘッドは2万ノズルあり、往復して印刷し全紙をカバーする。捺染印刷機はデザインの自由度が大きく、小ロットで短期の納入が可能で、低コストである。幅は1.8mまで印刷出来、インクは8色を使用している。欧州を中心に100台以上が販売されているが、厚地やベタ印刷には不向きである。
②3LCD
デジタル情報量が急激に増加しているので、これへの対応を行っている。超精密プロジェクターは3Dで4K(縦4K、横2K)、静止画像で8K(縦8K, 横4K)の処理が可能で、150インチのスクリーン画面では織物の細かい織り目まで見える。リアリティー感、質感が感じられ、車の設計、住宅の説明、バーチャル美術館、ファッションショー、劇場・映画館なでへの応用が候補となる。
③水晶デバイス
小型高精度圧力センサーは、圧力0.3paの変化が測定可能である。超小型原子発信器は従来よりもサイズが1/100、消費電力は1/100以下を達成した。300年で1秒の誤差という精度である。
見学がすべて終了した後で会場に戻り、ラップアップを実施した。近年の厳しい事業環境を反映し、どこの日本メーカーでも直面している課題に対する質問が多く出されたが、ほぼ全部について碓井社長が自ら回答された。要点のみ以下に纏めた。
①従来は部品まで全部自作していたが、最近は外部購入の割合が大きくなっている。そういう環境でコア技術の進化や新規コア技術の育成はどうやるのか?
→ コア技術と言っても、従来は事業の延長上のコア技術が中心だった。今後はそれだけでなく、新しいコア技術の構築を課題としている。新規事業を創出するコア技術については、タネまでは沢山作ったが、その事業化が必ずしも旨く行かなかった。技術開発だけでなく、事業の出口を見据えながらの開発を行おうとしている。事業部の延長ではない新事業を創出するため、事業部と技術開発本部からなる現体制に変更した。
②現在の環境を踏まえた開発対象は?
→ 開発の対象としては、商品そのものの開発、生産プロセスの開発、新しい産業構造に変えうる商品の開発、リサイクル技術開発がある。
③装置の外販についてはどういう方針か?
→ 今までは装置の外販には熱心ではなかったが、新方針として、装置を自社で最後まで作れる場合には外販することとし、自社で製造しないような商品を作るための装置は外部へ出した。 
④セイコーエプソンの従業員は78,000人に達し、その内で海外従業員は50,000人も居るということだが、今回のような新方針を全社に徹底するためにどのような方策を取っているか?
→ 何度でも話すことに尽きる。社長自身が機会あるごとに話しているが、それぞれの立場にかみ砕いて話すことが重要で、これは事業部長の仕事の一つと位置づけている。
⑤最初のアイデアの創出は?
→ 過去も現在も、アイデアは沢山あったが、これを市場に出す力がイマイチだった。これからは仮説を立て、それを立証する行動が必要だ。

 今回の訪問で、セイコーエプソンは創業以来コア技術の創出とそれをプラットフォームにした事業構築を企業文化としてきたことが、講演の内容および歴史館展示物から良く理解出来た。厳しい経済環境を、ものづくり企業としてどう乗り越えて更なる発展へ繋げるかという方針も、その企業文化を濃厚に反映したもので、同じ環境に直面しているメーカーには大きな示唆を与えている。特に所有しているコア技術に基づいたプラットフォームの上に事業を構築し、更に新しいコア技術を創出することによって新しいプラットフォームを作り上げ、その上に新規事業を創出しようという戦略は、ものづくり企業の王道であり、継続実施されれば必ず新規事業を創出するであろう。(文責 相馬和彦)

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