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太陽光植物工場が挑むサイエンスとしての農業

と   き : 2009年10月22日
訪 問 先 : カゴメ(株) いわき小名浜菜園
講   師 : 常務執行役員  佐野 泰三氏
コーディネーター: 相馬和彦氏 (元帝人(株)取締役 研究部門長)

   2009年度後期の第2回例会は、平成21年10月22日に、いわき市にあるカゴメ大規模ハイテク野菜工場のいわき小名浜菜園を訪問した。国内の農業は、農業従事者の高齢化と小規模経営のため国際的な価格競争力が低く、食料の自給率が50%を割っていることは国の安全上大問題となっている。しかしそのために国としての効果的な施策が行われているとは言えず、日本の製造工業と農業の国際競争力の格差は開いたままである。日本の優れた製造技術を農業に応用することにより、農作物の品質向上とコストダウンが行われたらという期待はあるが、現実は未だ端緒についたばかりである。この分野のパイオニアであるカゴメの大規模野菜工場を見学する機会に恵まれ、農業の最新の工業化技術を知ることが出来るという大きな期待を持って訪問した。
   最初に農業生産法人 有限会社いわき小名浜菜園の小林継基代表取締役より概況説明が行われた。いわき小名浜菜園は2003年11月28日にカゴメの子会社として法人登記を行ったが、株主構成は企業による出資に10%の規制があるため、90%は個人投資にし、有限会社として設立した。農地法上の規制で課題が出て、その後2回の審議を必要としたが、最終的には2004年3月に許可が下りた。
   現時点での従業員は170名、内社員は12名で後はパートである。80%は女性で平均年齢は38.9歳。農業事業法人では深夜まで残業とならない、設備・機械は国の安全基準が適用されないなど、特殊な就業環境となっている。事業的には今年度は単年度黒字を達成する見込み。
   菜園経営に当たっては、環境への配慮を重視している。。 ①雨水を100%用水に利用し、地下水は汲み上げない。
②LPGを使用し、燃焼ガスは大気中に放出せず、野菜の炭酸同化作用でリサイクルしている。
③栽培に用いた溶液の30%は回収してリサイクルし、土壌中に放出しない。
④交配には日本在来種のクロマルハナバチを使用しているので、温室から外に逃げた場合でも問題はない。
⑤植物残渣が日に5トン出るため、市でゴミとして焼却していたが、これを堆肥に変換して販売を始めた。
年に約3000トンのトマト収穫があり、95%は製品として出荷されている。Aグレードの90%はカゴメへ、Bグレード5%はその他へ販売している。
野菜工場の紹介ビデオを見た後、工場見学を行った。温室は5ヘクタールの広さのもの(東西145メートル、南北175メートル)が2棟隣接していて、中央部に事務棟や用役設備が設置されている。トマトの木は高さを揃え、伸びたら下に下げるやり方なので、植えた時期が違うものでも綺麗に揃っている。温室は明るく広く、かつ綺麗に維持されており、農地栽培ではなく工場生産という印象が強い。培地にはロックウールを使用し、栄養分は溶液で供給しており、殺虫剤や殺菌剤の使用量は少なくて済んでいる。生育を複合環境制御システムで管理しており、外部環境を測定して天井の開閉の自動調節などにより内部環境を最適化している。従ってトマトにはストレスが少なく、順調に生育している。
   8月から翌年7月までの一年間に、35段程度の多段取りが可能である。2月から5月出荷分は味が良いが、ほぼ一年中味は安定している。ロックウールは農業用として、オランダで建物用とは別ライン・別プロセスで製造されたものを使用している。交配用のハチは、温室の5~6ヶ所におけば、全体をカバーしてくれるし、維持も容易である。女王蜂の寿命が終われば、新しいのと交換する。
   種はF1 を使用し、カゴメより購入している。収穫や葉の除去、枝の剪定など作業を見ていても手作業が多く、パートでカバーしている。トマトの種類によって温室の適温が異なるが、トマトは自分で温度を調整している。温室栽培では、トマト本体の生長と実の生長をバランスさせる技術がカギで、放置するといずれにかに偏ってしまい、味と収量に影響を受ける。この栽培技術を”Balance and Power”と称している。
   工場見学を終えた後、「太陽光野菜工場が挑むサイエンスとしての農業」と題する講演を、コンシューマー事業本部 生鮮事業担当 常務執行役員の佐野泰三氏よりいただいた。
   カゴメは1899年トマト栽培で創業され、2009年3月期の売上は1750億円である。事業分野は飲料、食品、乳酸菌、ギフト、業務用、通信販売事業に及び、事業領域は米国、中国、イタリアをカバーしている。カゴメは最初トマト栽培事業を行っていたが、トマトだけでは売れないため自ら加工事業へと進出した。日本人のトマト消費量は世界的に見ても少ないので、これからの成長が期待出来る。生鮮トマトの価値を高めるためには、生産、流通、消費のサイクル各段階に革新をもたらすことだと考えている。
   カゴメは現在全国に大規模菜園8ヶ所、契約農園20ヶ所、生鮮センター7ヶ所を有している。高品質を維持するため、繁殖には接ぎ木を約60%使用している。エネルギー費と人件費がコストの約60%に達するため、これを如何にして下げるかが課題である。
   栽培技術としては、病虫害については天敵の活用を含めた総合的な対応を行い、品種や季節に応じた施肥設計を定期的な養液分析により補正している。8ヶ所の菜園データを共有し、海外のアドバイザーより助言を受けている。これらの総合技術が、”Balance and Power”である。
   生鮮野菜のマーケティングは商・工業製品とは異なり、消費者との直接対話が重要となる。そのために、小売、生協、外部ユーザーとの協調を推進している。カゴメのトマトはリコピンやグルタミン酸が高い特徴があり、広域量販店で8%、有力スーパーマーケットで5%のシェア-を有している。今後は直販所、特産品コーナーへも進出を計画している。

今後の課題として、以下の対応を行う予定である。
①量と価格の季節変動への対処。
生鮮トマトには、供給の潤沢期と端境期があり、供給量が多い時期には価格が下がり、端境期には価格が上がるが、このギャップに旨く対応する方法として、産地再編と作型変更による市場優位、新技術の開発、独自商品によるコモデティ市場からの差別化などを検討している。
②環境負荷低減のための省エネ技術開発。
トランスヒートコンテナをテスト中であり、省エネルギー太陽ハウスも活用したい。
③大規模農業ネットワークの育成。
④農業ノウハウの移転によるアジアへの展開。
講演終了後、質疑応答を行ったが、トマトは生鮮野菜であることから、安全性について関心が集まった。カゴメでは、農薬の使用については特に注意しており、食味も常に検査を実施している。ただ生鮮野菜には賞味期限の記載はなく、その代わり生産日が記載されているという回答には意外な感を持った。。
国内で生産される最近のトマトは、トマト本来の持っている独特の風味が少なく、味が薄い不満があったが、カゴメではイタリアトマトとの交配により、本来のトマト風味を保持した品種も生産しているとのことで、さすがトマトメーカーと嬉しくなった。実際にその後のライトパーティーでは、社員の方々が料理したトマトをメインとした様々な料理が提供され、トマトの風味を堪能することが出来た。トマト消費量が少ない日本で、トマト料理のメニューを普及させ消費量を増やすことも仕事の一部となっている。
日本の農業衰退は深刻な問題であり、政策的、社会的、構造的、経済的など様々な原因が複合していて、その解決は容易ではない。しかし、企業の進出を排除し、従来の延長上で保護する政策が破綻して久しい。本日のカゴメ訪問は、世界のトップにある製造業の技術と知恵を活用すれば、農業が過去の桎梏から解放され、新しい発展へと変身するきっかけとなるのではないかという予測を、確信に変えてくれる貴重な一日となった。

(文責 相馬和彦)

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