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新たな消費者価値の創出を目指した 経営の基本的考え方と研究開発

と   き:2010年2月24日
訪 問 先:花王(株) すみだ事業場
講   師:代表取締役社長 尾崎元規氏
      取締役 常務執行役員 CTO 沼田敏晴氏
コーディネーター:相馬和彦氏 (元帝人(株)取締役 研究部門長)

 平成21年度後期の最終回は、平成22年2月24日に、東京都墨田区にある花王のすみだ事業所を訪問した。新経営研究会が過去28年間に花王を訪問したのは、今回で4回目となる。筆者はその内の3回に参加することが出来たが、いずれの訪問においても、花王のイノベーション現場を直接拝見し、詳細をお聴きする中で、様々な啓発を受けた。最初は和歌山事業所で、NTTの回線を借り切り、和歌山工場から九州工場を遠隔操作で操業した生産革新、二回目は栃木研究所で、大部屋制度で研究者のイノベーションを活性化した研究革新、三回目は同じすみだ事業所で、製品一個一個に及ぶ在庫管理を徹底した流通革新をお聴きした。生産・研究・流通に渡る革新はいずれも印象的であったが、それらをお聴きしながら、こういう広範囲にわたる革新がどうして実現されたのかという花王におけるイノベーション創出の核心がもうひとつ外部の人間には理解出来ないもどかしさが残った。今回は経営と研究開発の両面からお話しをお聴きできることになり、長年に渡る疑問への回答が得られるのではないかとの強い期待を持って訪問した。
 最初に東京工場長 執行役員の中谷吉隆氏より、花王及びすみだ事業所の概況をお聴きした。花王の創業は1887年であるが、現在は資本金854億円、連結売上1兆2763億円(2008年度)、従業員は33,745人(2008年度末)に達している。その内コンシューマープロダクツが1兆538億円、ケミカルプロダクツが2,224億円あり、事業別ではビューティケア事業が46.1%、ヒューマンヘルスケア事業が15.0%、ファブリック&ホームケア事業が21.5%、ケミカル事業が17.4%の割合となっている。花王は国内に8工場、海外では欧州、米国、アジアに生産拠点を有している。すみだ事業所は1923年に操業開始したが、現在は従業員2,084人を有する複合事業所として、研究―商品開発―生産―消費者交流の4つを円滑に循環させる場となっている。
次にグループに分かれて見学に移った。花王ミュージアム、ECHOシステム、ビューティケアセンター、研究ラボの4ヶ所を見学したが、花王ミュージアムは展示内容が多岐に渡るため、時間の関係から一部で切り上げざるを得なかった。

花王ミュージアム
花王の過去と現在を展示している。1887年に長瀬富朗が、花王の前身である長瀬商店を設立し、輸入した石鹸や文房具を販売した。1890年には、輸入石鹸に品質で対抗出来る国産「花王石鹸」の製造を開始した。長瀬富朗の遺言状は、その後の花王のものづくりの基本方針となった。
2代目は22歳で社長に就任し、翌年欧米を視察したが、欧米の消費文化を肌で感じ、帰国後花王石鹸の新しいパッケ-ジを公募で決定した。1931年に大量生産、大量販売を目指し、新装花王石鹸を庶民に普及するような低価格で発売を開始、その後1951年に合成洗剤を、1955年には「フェザーシャンプー」を発売した。

1966年には代理店統合による販売チャネルの一本化を実現し、これによって小売情報の直接入手と対応が可能となり、その後の花王の発展に大きく寄与することになった。
その後も1982年に「ソフィーナ」、1987年に「アタック」と新製品を継続的に発売し、1988年にはジャーゲンズ社の買収により、欧米への本格的進出を開始した。
ミュージアム内には化学品の展示スペースもあり、香料、コンクリート用減水剤、紙用嵩高剤(使用パルプ量↓)、ポリ乳酸(「Ecola」)、トナー(低温定着可)など、花王の事業内容の広さを示す様々な化学製品も見ることが出来た。
ECHOシステム
花王は消費者の声を徹底的に聞くことでも知られているが、それをシステム化したものがECHOシステムである。消費者の声をこのシステムに常にインプットし、社員が自由にアクセスすることによって商品の改良・改善に役立てるとともに、商品そのものの詳細なデータベースも完備させ、消費者からのあらゆる質問に迅速に答えることが可能となっている。
ビューティケアセンター
ヘアケア商品の開発には、契約した約1,000名をモニターとしてテストを重ねる。プロの美容師が商品を実際に使用し、それを開発部署が一緒にモニターして開発の効率化を計っている。
研究ラボ
ラボはフロワーに仕切りがない大部屋で、2~3の研究室に所属する70~100人が同じフロアーに同居し、お互いのやっていることが目の前で見られるようになっている。フロワーの中央に実験台、両側に机が配置され、1985年以降は全社でこの方式に統一され、研究室を越えてコミュニケーションが取れる仕組みが確立されている。
 見学終了後、「新たな消費者価値の創出を目指した経営の基本的考え方」-絶えざる革新(花王のイノベーション)と題した講演を代表取締役 社長執行役員の尾崎元規氏より伺った。花王は世の中の変化に対するイノベーションを目指して来た。花王の企業風土は、1890年の石鹸の発売に端を発している。石鹸の発売は、「清潔な国民は栄える」という創業者長瀬富朗の信条に基づいたものであり、社会への奉仕の精神が基本となっている。
 二代目の長瀬富朗は1983年23歳で外遊する際に、「外遊に際して」というメッセージで、自分自らと会社へ5項目の問いかけを行った。問いかけの内容は今でも通用する。
 花王には良きものづくりの基本として、満たすべき条件としての商品開発5原則がある。
社会にとって真に有用である。
自社の創造的技術が盛り込まれている。
パフォーマンスバイコストで他社よりも優れている。
消費者の受け入れ性を確認する。
流通段階で、商品情報を伝達し受け入れる能力がある。
この5原則をクリアしていないものはやり直しする。
 海外への拡大に伴い、花王の企業理念を共有するため、「花王ウェイ」を6年前から明文化した。8ヶ国の現地で浸透し、体験して実感して貰うことを継続している。
 消費者起点と現場主義を徹底するために、消費者コミュニケーションセンターを設立したが、年間10万件に及ぶ問い合わせがある。
 事業活動の基本は、消費者とのインテリジェンスの交換と考えており、インテリジェンスとは価値ある情報と理解している。
 社会の大きな変化として、3つのメガトレンドへの対応を模索しており、10年後の社会がどうなるかを常に念頭に置いた商品開発を実施している。
経済のシフト
経済活動が先進国からBRICsへとシフトする中で、現在の海外売上25~26%を今後伸ばす必要がある。
新しい消費者の出現
ネットの普及と高齢化社会を迎え、既存商品の改良に新しいニーズをプラスし、例えば高齢者用など、新しい消費者層への対応を行う。
環境問題への関心の高まり
 また新たな成長への挑戦として、2つの新たな革新を掲げている。
グローバルな成長の達成
花王の強みは、事業と機能のマトリックス経営であり、この強みを今後も生かしていく。2007年4月に事業推進体制を改編し、家庭品と化粧品販社を合併した。技術と事業のマトリックス経営を維持するため、分社化体制は取らない方針である。日本とアジアではこの体制が確立し、2005年からはアジア一体運営が可能となったので、次には汎アジアブランドの育成と強化を行い、これをグローバルな一体運営とBRICsでの事業展開へ発展させたい。
アジアでの事業展開は日本での経験とは異なるが、途上国の課題を解決するためには、現地の状況に合った技術開発を行えば可能と考えている。途上国では電気洗濯機ではなく、未だに手洗い洗濯が行われており、花王の若手研究者とマーケターが一緒に現地で使用法を詳細に観察した結果、手洗いに適した洗剤「アタックイージー」の開発に成功した。洗剤に新しいすべり性の基材を添加することで問題を解決したが、そのために必要となった超高分子量のポリマーを開発した。若手研究者には、現地消費者が製品に満足してくれた時の笑顔が大きなモーチベーションとなった。
2009年からは、グローバル展開のため、ブランド名を”Kao”に統一した。
エコロジー経営へのシフト
使用時まで含めたエコ対応として、「いっしょにeco」という環境宣言を出した。
 顧客と「いっしょにeco」
 パートナーと「いっしょにeco」
 社会と「いっしょにeco」 を目指すという運動である。2020年の中期目標として、2005年を基準として、炭酸ガスを35%削減、製品製造時に使用する水を30%削減、化学物質はSAICMに沿った管理を実施、生物多様性を保全する原材料の調達などを定めた。エコ対応技術開発のため、和歌山事業所にエコ・テクノロジー・リサーチ・センター(ETRC)が2011年完成予定である。この方針に沿った技術開発例として、2.5倍濃縮液体洗剤の「アタックNeo」があり、すすぎは1回で済み、従来の1/3サイズのスリムな容器入りである。」 新たな「消費者価値創造」に向けては、機能価値+情緒価値+環境価値の3つの価値のプラスを目指している。社員にやりがいがあり、かつお客様と共に感動出来る会社風土を維持・発展させることこそ、会社の継続的成長を可能とする最善の道であると信じている。
最後に研究開発部門統括で取締役 常務執行役員の沼田敏晴氏より、「新たな消費価値の創出を目指した研究開発」-成長ドライバーとしてのイノベーションを生み出すR&Dと題する講演をいただいた。
研究体制と特徴
花王のR&Dへの投入人員は単体で1,937人、連結で2,525人、研究費は単体で372億円、連結で461億円である。研究費を対売上比率で言うと、単体では5.1%、連結では3.6%である。花王には、研究→開発→事業化までのすべての課程を網羅した3つの社内会議(基盤研究会議、R&D会議、事業戦略会議)が存在している。当時の丸太社長が、研究開発を経営の原点にすると決めて以来、自主研究の重視を方針とし、多産多死が文化となっている。ステージゲートはやらないものの、テーマを絞る仕組みはある。
まず基盤研究会議がある。ここで基礎研究と商品研究の整合性を常に取っている。基盤研究会議は毎月研究所毎に開催され、希望すれば誰でも参加することが出来る。基盤研究者の発表内容に商品開発者が興味を示せば、そこで共同研究が始まる仕組み。これが花王の誇るマトリックス経営の核心をなしている。出口を理解する基盤研究者と技術の分かる商品開発者がそこで出会うとベストのマッチングとなる。商品開発では、初期は基盤研究員と商品研究員が自発的なグループを形成して行うが、あるレベルに達した時点で公式組織となる。
1954年に当時の伊藤副社長が、経営戦略と研究戦略の整合性が必要と提示したことが、R&D会議の原点となっている。R&D会議では、研究と事業の整合性を取るため、7~8年先の中・長期的な研究分野を設定する。ここで設定された分野で基盤研究が実施されることになるので、長期の成長には必要不可欠な役割を果たしている。
最後の課程である3年位先を見込んだ事業化は、事業戦略会議で決定され、ここでOKとなれば全社のリソース投入が可能となる。以上3つの社内会議を旨く機能させることにより、研究開発を原点とする経営が具現化している。
3つのメガトレンドを捉えた商品開発
尾崎社長の講演にあった3つのメガトレンドに対し、研究部隊として技術的な対応を実施中である。
a)経済のシフト;各国の研究所で、現地の消費者調査を精力的に実施しており、現地ニーズに花王の有するコア技術を応用展開して行く。
b)新しい消費者の出現;高齢者用オムツ「リリーフ」の開発など。下着感覚で着用が可能な超薄型のお出かけパンツ。
c)環境問題;再生可能原料の活用。
今後の方向性
技術の連鎖を重視し、事業の成否は企業の総合力であることを念頭に、日々の革新と大きな革新を常に両立させる。今後は、グローバル各地での徹底した消費者理解とエコイノベーションを切り口とし、価値創造を本格化していく決意である。
尾崎社長及び沼田常務お二人の講演終了後、纏めて質疑応答の時間を持った。今回は質疑応答にかなりの時間があったにも拘わらず、その後の懇親パーティーでも個別に議論が継続され、今回の研究会が充実した内容であったことを伺わせた。講演及びパーティーでの質疑で得られた内容を要点のみ以下に纏めた。
消費者に欲しい製品が行き渡ったため、どこの業界でも、画期的な新製品のアイデアが出にくくなっている。当時の常磐社長は、「ニーズは市場に聞くものではなく、クリエートするものだ」と言っていたが、花王で継続的に新製品が上市可能となっている理由は何なのか、またどこからアイデアが出てくるのか?
→ 研究者自身がユーザーであることを商品開発者は常に意識している。基盤研究者がニーズに合わせるのでは間に合わない。基盤研究では大きなテーマを10年位は継続し、ここから何に使うかを考える。基盤研究は長期的であるが、同時に具現化しないと進化もない。10年は崩さないが、同時に研究内容もその間に変化していく。新しいニーズは消費者センターにヒントがあるだけではない。実態調査など他の手段も駆使している。
グローバル企業としては、規模が力の一つとなる。今後花王がグローバルで成長する上で、M&Aも考えているか? 自社技術とM&Aによる成長の役割比率は?
→ M&Aは花王に必要なものを早く手に入れるために実施した。成長のための自社製品とM&Aによる役割比率の目標数値は持っていない。過去も技術を取得するためのW&Aはほとんどなく、販路の確保などが目的だった。
マトリックス組織で共同研究をやっている研究者の評価は誰がやるのか?
→ 共同研究でも、評価は研究者が所属する組織の上司が行う。その組織の立場から、その組織に対してどの様な寄与があったかの観点から評価する。また、共同研究も場所は自分のスペースでやっているので、上司も進歩状況が分かる。 
グローバル企業として、社内の公用語は何を使っているか?
→ 現時点では英語は使用しておらず、日本語である。
自主研究を止めさせることはあるのか? どうやって止めさせるのか?
→ 中止する場合は、所長または室長が指示する。但し、本当に止めたのかは厳密にチェックしない。中止を指示されても、本人がこっそりと継続している場合には黙認する。
発想の豊かな研究者の育成と選別はどのようにしているか?
→ 毎月実施している基盤研究会議での発表を聞いていれば、どの研究者が優れているかは誰にでも自然に分かってくるので、特に選別の必要はない。

 今回の訪問で、過去3回ではもどかしさとして残った花王でなぜイノベーションが継続的に出てくるのかという疑問に対し、納得出来る回答が漸く得られた。まず経営の基本を研究開発におき、研究者の発想とやる気を起こさせるマトリックス組織からシーズとニーズを整合させる仕組みを作り上げたこと、次に将来の事業と研究開発の方向をR&D会議で整合させることにより、研究成果が事業として無駄にならないような方向付けをしていること、最後に事業をするかしないかの決定を経営がしっかりと抑えていることである。研究者の自由度を尊重してやる気を起こさせながら、研究の方向付けと事業化を経営がしっかりと抑えている手法は、技術経営の立場から見て見事という外はない。何よりも経営トップが、社員がやりがいを感じ、お客様と共に感動することが出来る会社こそ継続的成長の源泉であると標榜していること自体、研究者にとっては誠に幸せな環境と言える。今回花王の独自なイノベーション文化の詳細を聞き、似たような文化を有する企業は国内にあまり見あたらないが、海外まで含めるとかなり近い企業として米国3Mが思い当たる。両社に共通するのは、研究者の自主性を尊重した多産多死を当然のこととして受け入れ、その中から本当に顧客に価値がある製品を選んでいこうとする文化である。創造性にある研究者に取っては、まさに理想的な環境であると言える。(文責 相馬和彦)

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