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2011-04

‘21世紀型ビジネスモデル’の構築・・・三菱ケミカルホールディングス

と  き:2011年2月22日


訪 問 先 :三菱ケミカルホールディングス(株) ケミストリープラザ (東京・田町)
 

講   師 :代表取締役社長 小林喜光氏

コーディネーター:テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長  相馬和彦氏

 

 2011年度後期第5回は、平成23年2月22日に、東京都港区にある三菱ケミカルホールディングスの本社を訪問した。今回は、「異業種・独自企業研究会」と「イノベーションフォーラム21」の合同で開催された。三菱ケミカルホールディングスは、傘下に三菱化学、田辺三菱製薬、三菱樹脂、三菱レイヨンを有する総合化学企業として、国際的に有数の規模(世界で5位)を有している。当日の後援者である小林喜光社長は、記録メディア事業を担当していた時、赤字続きの事業を見事に立ち直らせたことで知られており、社長就任後に提唱したMOSやKAITEKI価値は、企業の新しい価値基準として注目されている。今回は異業種とイノベーションの合同開催であることも加え、参加者は90名に達し、関心の高さが伺えた。記録メディア事業を立ち直らせた戦略的経営、その後のMOS提唱の背景にある思想をお聴きできる絶好の機会として、大きな期待を持って訪問した。

 講演に先立ち、本社内にあるケミストリープラザを見学した。ここは、顧客に三菱ケミカルホールディングス社傘下各企業の製品を説明するために設定されているが、展示されている製品は極めて多岐に渡っている。樹脂、フィルム、LED、色素、炭素繊維、バリアー材、リチウム電池部材、健康製品など、幅の広い製品群を見ることが出来る。近年欧米で盛んに言われた「選択と集中」とは逆の世界が展開されている。元々別企業であった三菱化学が、田辺三菱製薬(2007年10月)、三菱樹脂(2008年4月)、三菱レイヨン(2010年4月)を吸収し、持ち株会社として三菱ケミカルホールディングス社が設立されたが、欧米で行われてきたようなコア事業の選択と非コア事業の売却などの方法は取られず、グループ内各社を並立させる方策が選ばれた。この辺りは、欧米方式とは異なり、雇用と安定を優先させた経営方針であることを示している。今後はグループ全体として、製品、技術、営業、経理などの横断的最適化が実施されて行くものと思われる。

展示品の中にコンセプトカーがあったが、これは各社の持っている様々な素材を組み合わせて作った一例である。樹脂比率は60%に達し、重さも従来素材では1.5トンのものが、0.9トンまで削減出来た。

DVDによる企業の歴史、製品紹介の中で、目指すのはNo.1 chemical solution companyであるとの目標が提示されていた。

見学終了後、小林喜光社長より、「日本の新たなグローバル・アドバンテージとなる、開発戦略と事業戦略の構築」と題した講演をお聴きした。

  • 三菱ケミカルホールディングス(MCHC)紹介

MCHCグループは、2010年3月期実績で、連結売上高2兆5151億円、従業員53,907名、事業は素材、機能商品、ヘルスケアの3分野にわたっており、各分野の売上高構成は、2011年3月期予想でそれぞれ51%、26%、16%、その他9%となっている。三菱ケミカルホールディングスは、三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンの100%、田辺三菱製薬の56.3%の株を保有し、上場企業は三菱ケミカルホールディングスと田辺三菱製薬の2社である。

小林社長は日本の競争力強化委員会に参加しているが、コンセプトクリエーションの出来る経営者が少ないと感じている。また、グローバルな仕事をやるためには、プロジェクトエンジニアリングのスペシャリストが必要であるが、実態はお粗末な状況となっている。

sustainabilityは世界の流れであり、ダボス会議でもkey wordとなっている。MCHCでは、グループのモットーとして、sustainabilityを強調している。

事業を3分野に設定していることは、選択と集中を主張するアナリストには評判が悪いが、今後も3本柱でやっていく。1本柱に集中して過度に依存するのは、経営上むしろリスクが大きい。

  • 光ディスク事業におけるグローバルビジネスの構築

 1990年にUSコダック社より、米国合弁の相手であるVerbatimを買収した。記録メディアでの営業にはグローバル展開が必要と判断した先輩が居たお蔭である。三菱化学には、20年以上の光ディスク研究から、マスタリング技術、色素技術、相変化記録膜技術、ディスク化技術など優れた基盤技術を有していたが、商品サイクルの短さによる過当競争で価格が急激に低下し、事業自体が赤字に転落していた。

事業責任者に任命された時、「一年以内に黒字化」という使命を受けた。赴任してみると、事業は「茹でカエル」の状況にあり、このままでは死んでしまう、何かポジティブな行動を取らせる必要があると判断し、カエルの近くに蛇を出現させることにした。それが、必達目標の設定であり、ROS5%であった。何が何でもこれを達成することを目標とした。

そのためには、モノ造りからコト造りへの転換を決め、自社が培った製造技術の強みを最大限活かして、市況変動により不安定となりやすいメディア販売利益のみに頼らず、関連技術(技術販売一時金、ランニングロイヤルティ、色素・スタンパー販売利益)が収益を底支えするビジネスモデルを設定した。日本はR&Dで技術力を強化し、生産は台湾やインドにODM生産委託し、販売は自社で行うこととした。

記録メディア事業では、一年目のシェアが80%あっても、2~3年で20~30%に落ちるように、1~2年で追いつかれ、マネされてしまうので、常に新しい技術を出し続ける必要があった。

商品サイクルも2~3年と早い業界なので、技術をIP化しても金にならない。KHのcash化が第一であった。このビジネスモデルも、2002~2005年に通用したモデルであり、今では違うモデルが必要になっているので、このモデルは別の事業に活用しようとしている。例えば、欧州で強いVerbatimブランド(DVD-Rシェアが43%)でLEDを発売し(2010年9月発表)、更には有機EL照明事業に繋げたい。

  • 新たなグローバル・アドバンテージとなる持続可能な経営に向けた挑戦
  • MOSの提唱とMOS指標の導入

日本の産業が得意としてきたアナログの高度摺り合わせ技術は、製造業のデジタル化に伴って進むモジュール化への対応で、遅れが否めない。また、新興国と先進国との2面作戦を戦う必要がある。これらを克服し、持続的な成長と収益を確保するためには、sustainabilityとinnovationが鍵になる。

世界人口の増加見通しをベースとし、供給可能なエネルギー資源埋蔵量、水の供給量を予測すると、sustainabilityの確保は必須の条件となる。そのために、MBAで利益を求める「欲」(CFOの役割)、MOTで技術を極める「知」(CTOの役割)以外に、MOS(Management of Sustainability)で「義」を求めること(CSOの役割)が必要になる。それをベースにすれば、CEOがKAITEKI価値を追求することが可能となる。MOS指標は、sustainability、health、comfortの3つで計られ、MCHCの企業価値は従来の売上、利益、成長率、ROA、ROEなどの指標とMOSの和で決まると位置づけた。

  • KAITEKI社会へ向けた創造事業

 リチウムイオン電池、太陽電池などはどこでもやっており、ここでは儲からないだろう。何か静かに儲ける道はないだろうか? PMMA、MMA、テレフタル酸などはどうか?

 次の成長ドライバーとして、早期事業化を考えているのは、有機太陽電池/部材、サステイナブルリソース、有機光半導体、高機能新素材、次世代アグリビジネス、ヘルスケアソルーションなどがある。

 有機太陽電池では、変換効率向上を2010年10%、2015年15%、20XX年20%以上を目指しており、最近のデータは8.0%と世界最高水準を達成している。東大の中村研と共同研究を実施中。

サステイナブルリソースでは、GS Pla®(ポリブチレンサクシネート)、Durabio TM(イソソルバイドのコポリマー)などのバイオポリマーの操業化を検討中。

有機半導体では、有機EL照明を2011年に上市予定。次世代アグリビジネスでは、太陽電池、蓄電池、LEDで光源電源を独立させ、電力コストや炭酸ガス排出の削減に貢献したい。ヘルスケアでは、疾患治療へのソルーションおよび疾患予防ソルーションの双方に貢献するため、医薬品、診断サービス、医療の3分野で研究開発を進めている。

  • 地球快適化インスティテュートと新・炭素社会の提案

地球快適化インスティテュートは世界中のネットワークから情報を集め、世界の最先端の研究者と研究ネットワークを作ることを目標に、2009年4月に発足した。Sol、Aqua、Vitaをキーワードとして、研究機能の委託やシンクタンク機能を有し、地球規模の課題に答える解決策の提案や社会への発信を行っている。活動領域は環境・資源・エネルギー、水・食料、健康の3分野に設定し、第一の分野では新しいエネルギー・資源の開発、高エネルギー効率マテリアル・デバイスの開発を、第二の分野では水・食糧問題解決への貢献を、第三の分野では快適化の科学、未来の社会、新しい医療に関わる技術開発を研究・調査中である。

またグリーンイノベーションでは、新・炭素社会構築のため、脱化石燃料を目指し、メタノール、一酸化炭素、メタン、バイオマス、更には炭酸ガスを炭素源とする新・炭素原料から化学品を創製する取り組みを始めている。

次世代の産業は、ケミカルの「化学の世界」とエレクトロニクスの「物理の世界」の融合領域から生み出されるものと考えているので、化学の貢献が大いに期待される。

また、多用な事業・製品群を有するMCHCグループでは、現在のものをそのまま続けるということではなく、今後は育成事業、成長事業、キャッシュ生みだし事業、再編成・再構成事業の4つに事業を分類し、4次元管理を行う必要があると考えている。

講演内容が多岐に渡ったが、経営方針が明快かつ論理的であったため、理解し易かった。そのため、質問も多く出されたが、要旨のみを下記に纏めた。

  • 日本企業は優れた素材や部品・デバイスを供給しているにも拘わらず、市場での存在感が少ない。部材だけでなく、それを使用するユーザーや異なる文化を持つ社会へ、トータルシステムとして提案する力が不足しているのではないか? これを回復する要件は何か?

→ 企業がそういう方向で開発することは勿論必要である。それ以外に、国家として纏めるstate capitalismと企業が連携して動くべき。韓国モデルで示される通り、設備やR&Dで企業レベルを超える投資が必要となっている。

  • 多用な商品の営業と個別ユーザーとの接点は複雑にならないか?

→ 日本生産のコモディティは止めた。ヘルス・機能商品分野は今後整理が必要だと認識している。シーズとニーズの摺り合わせは今後検討予定。

 ③先進素材を企業の壁を越えて摺り合わせすれば、日本の強みになるのではないか?

  → 具体化しにくいと思う。日本では、vendor-supplierの関係で絞ってしまい勝ち。ただユーザーも変わりつつあるので、今後は変化するかも知れない。

④今後益々進むグローバル化で、人材の育成はどのようにやっているか?

 → 社員の階層毎にそれぞれ教育の場が作られているが、最後はOJTしかない。

 その場合、仕事への緊張感を持たせて教育する必要がある。

⑤(外資系大手化学企業の日本トップに、自社と比較した今回の講演内容へのコメントを依頼)

 → 自社は選択と集中により2事業にフォーカスしたので、事業分野はMCHCグループよりも少ないが、その他の考え方は良く似ている。

 今回の講演は、内容の豊富さと思考の深さで印象深いものであった。国内企業では、コンセプトの創造が不得手な経営者が多いと最初にコメントされたが、ご自身はその例外であることを如実に示した内容であった。MOSの提案で、「義」のある経営を強調されたが、これはROAやROE重視の経営ではすっぽり抜けてしまった概念である。元々日本の商人道では、家訓や社是として、顧客の満足、社会から生かされている事への感謝、従業員や地域の大切さなどが強調されていた。バブル後の自信喪失から、米国流のROA重視、株主優先の利益追求に走った企業も少なくなかったが、それが三菱ケミカルホールディングスのような日本を代表する企業で明確に修正されたことは、慶賀に値することである。小林社長のように、企業とは何か、メーカーとは何か、何のために、誰のために存在しているのかを真剣に考えれば、当然の帰結ではないだろうか。アナリストに言われたからと言って、その主張に唯々諾々と従った経営者は、自ら考えなかったことを深く恥じるべきであろう。

 製造業に小林社長のような経営者が更に出てくることを期待しつつ、本日は希望を持って帰ることが出来た。(文責 相馬和彦)

東日本大震災と日本の産業力の強さ/森谷正規

 被災者が見せた素晴らしい対応が、日本の強さに結び付く。
 東日本大震災は、20メートルもの巨大な津波によって住民に想像を絶するほどの甚大な被害を及ぼし、同時に、いまでは日本の製造業の大きな担い手になっているこの地方の工場群を襲って、壊滅的な損傷をもたらした。この10数年、日本の経済力、産業力を支えた“モノつくりの強さ”が揺らいでいるとの見方が出ている中での大震災であり、日本経済の将来について大きな悪影響を懸念する声も出るだろう。
 しかし、大震災の打撃と復興は、むしろ日本経済を再発展させる契機にできるはずだ。被災地の復旧と復興は、5年、10年を要する巨大事業であり、政府および企業、国民がこぞって強大な支援を行っていくのだが、そのためにも日本経済がしっかりしてないといけない。いまこそ、日本の強さに自信を持つときである。
 その強さの根拠にできるのが、被災者が見せたじつに立派な振る舞いである。阪神淡路大震災からであるが、その見事な災害対応は世界中から称賛を受けていて、さらに巨大な被害を受けた東日本大震災で、改めて日本人の素晴らしい国民性を世界の人々に強く印象づけた。私は最近“日本の強さに自信を持とう”とことあるごとに言っているが、その強さを支える国民性が、巨大地震への対応と深く結び付いていることに気づいた。それをまず示したい。
 われわれ日本人は当然のこととしているが、世界中から称賛を受けている大災害への対応は、どのようなものであるか。次の三点にまとめることができる。

 (1)被災を運命と受け止め、冷静に行動する
 (2)奪い合いや略奪はなく、助け合い、秩序を保つ
 (3)便乗値上げはなく、高いモラルを維持する

 日本人がなぜ、このような対応ができるのか、歴史的に振り返ってみよう。日本では自然が天であり神であり、みながそれに従って生きてきて、生かされているとも考えるのだ。その自然を含めた全体の中での自分を強く意識し、運命共同体の中で生きてきている。
 そこで日本人は、他とのかかわりを大切にし、我を殺す自己犠牲の精神を持っている。これは“みな”を重視することにつながる。さらに、恥の文化があり、それが行動に自制をもたらす。とくに、金への拘りは恥ずかしいことであると考える。このような国民性であるから、こうした災害への対応は、日本人であれば当然である。
 日本を称賛した世界の人々は、改めて日本の良さを見直すに違いない。東日本大震災からの見事な復興と国を挙げての懸命な支援が世界を舌I目させるのは間違いない。

 国民性に見る日本の強さ
 私が日本の産業力をいまもこれからも強いと見る根拠は、次の二点にある。それは日本人の国民性からくるものであるが、一つは“丹精を込める”であり、一つは“共同力を発揮する”である。
 “丹精を込める”は、1978年に著した私の最初の著作である「現代日本産業技術論(東洋経済新報社)で挙げた言葉だが、これこそが“良い製品を安く作る”根本にあると述べた。最近の“モノつくりの強さ”への懸念に対して、この国民性があるかぎり強さは揺らがないと、いま改めて“丹精を込める”を挙げている。
 これこそがひたすら良いものを作ろうとする日本人の心情であり、それは、自分の仕事は天から与えられた天職と心得る、他人を強く意識し満足をしてもらえるものを作る、金に拘らずともかく良いものを作るという点で、被災者の対応と根底において結び付いていることがお分かりだろう。また、出来損ないを作るのは、自分たちの恥であると日本人は考えるから“丹精を込める”のであり、恥の文化が、災害対応でもモノつくりでも日本人を支えている。
 もちろん、他の国々でも人々は良いものを作ろうとする。しかし、金が儲かるから大いに努力するのであり、日本人の心情とは異なるものだ。それは、近年の米国の大水害で見られたように、多くの国々で災害時に生じる便乗値上げにつながる。
 “共同力を発揮する”は、1986年に著した「技術開発の昭和史」(東洋経済新報社)において、世界で最初にテレビジョンを開発した高柳健次郎さんにインタビューした際に聞いた言葉を紹介すれば、それが大きな力になることが分かっていただけよう。高柳さんは“集合天才”という言葉を出された。欧米では、天才とはきわめて優れた個人であり、まったくの卓越した存在とされるが、日本ではごく普通の多くの人々が協力し合って、天才的な成果を挙げることができるというのだ。
 日本でそれができるのは、運命共同体の中にあって、“みな”との関係を重視して、我を殺す自己犠牲の精神を持っているからである。それがまさしく、被災した人々の行動になって現れている。
 他の国々でも、各人は仕事において成果を上げるべく大いに努力はするが、それはもっぱら自分のためであり、自己犠牲はほとんどありえない。
 しかも、時代はいま、集合天才こそが能力を発揮できる状況である。革新技術が次々に現れる時代は過ぎて、世のニーズに応じて世に受け入れられるよう供給する時代に変わってきている。その典型的な事例を一つだけ示すと、燃料電池がある。これはエネルギーの革新技術ではあるが、数十年前に一応は実現していて、課題はケタ違いに低コスト化することであった。それに天才は必要ではなく、日本は世界に先駆けて家庭用燃料電池を実用化したが、これは多くの企業の大勢の技術者たちの集合によって実現した。
 “丹精を込める”と“共同力を発揮する”のが日本の産業力の基盤であることを、いま改めて自覚したい。

 時代状況の激変への想像力に欠けていた
 しかしこのところ、日本の‘‘モノつくり”において、韓国、台湾さらに中国の激しい追い上げによってタジタジとなって業績不振が続いている産業があるのは事実だ。それはなぜなのか。これも、東日本大震災に結び付く面がある。それは、想像力の欠如である。
 三陸地方は、歴史的にしばしば巨大津波に襲われた苦境を経験していて、高さ10メートルもの大型の堤防を築くなどして、対策を講じていた。しかし、その堤防をも軽く乗り越えるほどの巨大な津波が襲ってくることへの想像力が十分ではなかったのが、被害を甚大にさせたのは事実である。住民にその想像力を求めるのは、酷である。また為政者にも、‘惨鱈たる被害状況を見て、責める言葉を発するのはまったく忍びないのだが、当事者たちも20メートルもの津波への想像が十分ではなかったことへの反省の念は強いに違いない。
 そこでモノつくりの問題であるが、その強さが大きく揺らいでいるのは、一部の産業分野であることを、まず正しく認識しなければならない。端的に言えば、それは電機産業であり、半導体、テレビ、携帯電話機などにおいて韓国、台湾にリードを許し、i Padに代表されるタブレット端末など情報機器の新製品開発で米国に立ち遅れている実態がある。だが、乗用車を始めとする機械産業、電子部品・機械部品、情報機器.エネルギー機器に向けた素材などでは、いまも日本は断然強いのである。
 ではなぜ、電機産業は劣勢を強いられているのか。それは、時代状況の激変に対しての想像力の欠如に根本原因がある。一九七○一八○年代を通して、日本の電機産業は、乗用車と並ぶ二大産業として大いなる産業発展を牽引してきた。長きにわたって大成功が続いたのだが、電機産業においては、時代状況の激変といういわば大津波が襲ってきた。それは、韓国、台湾の突如とした台頭であり、しかもこれらの国は先端技術に全力を注ぎ、さらに日本の強い技術力に太刀打ちするために、あらゆる戦略を駆使した。
 また情報機器は、発展の条件が大きく変わってきて、新しい利用形態を探りだし、そのための新たなソフト、サービスを創り出すことこそが成功の要因になってきていた。日本の“良い製品を安く作る”力の発揮ができなくなっていたのだ。
 電機産業の経営陣は、そうした激変を事前に的確に想像することができなかった。想像力は日本は強いとは言えないのだが、電機産業においてそれが失敗の因となった。また、韓国のサムスンなど新たな強力なライバルの出現によって、激変が見えてきたのだが、それへの対応が鈍かったのも、たちまち追い上げられた原因である。
 こうした問題点は、電機産業に限るわけではない。日本の国全体に、1980年代までの長期にわたる繁栄があって、その裏でいくらかの弛緩が生じていて、状況変化の的確な把握と対処、そのための果敢な決断に問題が生じていたといえる。

 15年、20年先の日本を想像して復興へ
 それは、政治においても顕著である。自民党政治がまさしくそうであり、時代の大きな変化を想像することがなく、対応ができずに、政権を失うことになった。また民主党も、大胆な改革を打ち出そうとしたが、それが社会にもたらすインパクトに対する想像力に欠けていて、国民に期待されて登場したにもかかわらず、政権運営にもたつきが目立っている。
 だが、東日本大震災からの復興は、ひとえに国家の政治力のいかんにかかっている。互いに足の引っ張りあいをやってきた民主党と自民党だが、このまさしく国難に遭遇して、一致協力して復興に全力を投入せねばならない。それは、与党、野党の政治家が“共同力を発揮する”日本の強さを自覚してしっかりと生かせば可能である。また、被災した各地へのきめ細かな対応によって、被災した人々がそれぞれに喜ぶ復興が必要だが、それは“丹精を込める”心意気を持って当たれば、十分な成果を挙げることができるだろう。
 復興に当たるリーダーたちに強く望みたいのは、15年、20年先の日本の地方における望ましい社会と生活について深い洞察をする想像力を持って、これからの日本のあるべき姿を実現するような復興を進めることである。日本人が必ずしも得意にしない“想像力の発揮”に向けて、この際、大いに努力することが肝要である。
 大震災からの復興は、目覚ましいかたちで進むに違いない。日本は、復興を最も得意にする国であるからだ。20年以上も前、危機管理(クライシス・マネジメント)が日本で大きく問題提起されたとき、日本はそれへいかなる能力を持つかが議論された。結論は明白であり、将来生じる危機の予知、危機回避への尽力、危機の影響を減らすための事前の準備などにおいて、日本は強くはない。一方で日本が断然得意にするのは、危機が生じて後の復興であるとされた。
 思い起こすのは、第二次大戦後の復興であるが、さらにさかのぼれば、江戸の大火がある。街の大半を焼き尽くす大火がしばしば生じたが、翌日から槌音高く復興に励んだ。その底力は、いまもあるはずだ。

 復興に向けた斬新な機械、情報システムの構築が日本を強くする
  東日本大震災からの復興は、これからの日本の産業発展の方向に結び付いている。その発展方向を、世界でこれからいかなる産業が強く求められる力、の視点から見てみよう。これまでの数十年、情報産業が急速に発展してきたが、あまりに急速でありいまでは成熟に向かっているとみなければならない。パソコン、携帯電話機は十分に高性能化、多機能化していて、これ以上何を望むか。i Padに代表されるタブレット端末はこれから大きく伸びていくが、単価は安くたちまち普及するだろう。この単価の安さがあって、情報機器は中国など新興国、発展途上国にまですでに広く普及している。したがって、市場としても成熟は近い。
 では、これから巨大市場になる中国、インドなどは、長期にわたって何を求めるか。それやがては大衆まで購入するようになる乗用車であり、成長する製造業が求める生産関連装置であり、発展する社会が求める鉄道、エネルギー、水、廃棄物処理などのインフラストラクチュアとその建設関連の機械である。これらはすべて、機械産業である。そして、日本は機械産業では、いまもこれからも強いのである。
 なお情報産業では、これまで発展した情報そのものを扱う機器、システムは成熟に達するが、エネルギー、交通を支える情報システムは、これから大きく伸びていく。
 東日本の被災地において、これからの復興に大いに生かしていくのは、こうした機械系、情報系の機器、システムであり、日本の技術力を大いに発揮する場となる。そこで、次世代の社会が求める斬新なシステムを構築していけば、その経験によって日本の産業力をいっそう高めることができる。
 さらにもう一つ、東日本大震災の救援において大活躍した産業を、日本が世界に向けて発展させる有力な候補として挙げたい。それはサービス産業であり、コンビニ、宅配便、チェーンレストランである。被災者たちの支援にいち早く立ち上がって、困難な状況の中で、犠牲的精神でサービスに努力した。その献身的な姿は、やはり世界の目に留まったはずである。この新しいサービス産業はすでに中国などへ進出を始めているが、評価が高まって受け入れが進むに違いない。これらの産業も‘‘丹精を込める”と“共同力を発揮する”を強みとしていて、それを世界で示すのである。
 東日本大震災は、世界に日本の良さ、強さを改めて認識させることとなった。中国からの援助隊の隊長が帰国するに当たってインタビューで話したことに、感動した。
 本国から食品など援助物資を持参したが、たちまち配布し終えた。そこで、配布を続けようと近くの日本の商店に買いに行くと、商店は“お金は受け取れません”と無料で差し出したという。便乗値上げといかに違うことか。隊長はほとほと感心していて、こうした話しは中国でも広く伝わるだろう。
 日本の良さ、強さを改めて自覚して、東日本大震災からの復興に国を挙げて努力すれば、日本はかつての元気を取り戻すことができる。

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