- 2013-02-13 (水) 18:22
- イノベーションフォーラム21
《と き》2013年1月10日
《講 師 》東レ(株) 取締役 生産本部(複合材料技術)担当 吉永 稔氏
《コーディネーター》放送大学 名誉教授 森谷正規氏
「イノベーションフォーラム21」の2012年度後期の第3回は、「東レの炭素繊維開発小史、今日の挑戦」というテーマで、吉永稔取締役生産性本部(複合材料)担当にお話しを戴いた。
この炭素繊維は、1950年代末に米国のUCC(ユニオンカーバイド)が最初に開発して、その直後に工業技術院大阪工業試験所の進藤昭男さんが開発を手掛けて大きな成果を上げて、それを契機として東レを始めとする日本企業が非常に大きな力をつけて、今も世界シェアの70%を日本が握っているという誇るべき技術である。
中でも東レが断然トップだが、炭素繊維による複合材料(CFRP)がいかに発展してきたのかという非常に詳しいお話があった。そこで私が強く認識したのは、これは非常に高度な複合技術であるということだ。材料について炭素繊維と樹脂で複合されているというのは、すぐに理解できることだが、全体の技術が非常に多くのものから成り立っていて、他の素材などには類を見ない高度な複合技術であって、それがまさしく日本の強みになっていると良く分かった。
その複合技術の主なものを挙げると、まずは糸つまり繊維で、これが基本である。次にその糸をさまざまに処理するプロセスが必要であり、当然ながら糸を焼成する技術が大きな柱になる。さらにできた炭素繊維を織物にしたり、樹脂と一緒にプリプレグという板にする技術も非常に重要で、また当然ながら樹脂の技術も必要である。
そして、材料としてより高度なものにするコンポジット、ハイブリッドの技術も必要になり、さらに材料としての評価・解析技術も不可欠であり、そのための試験法の技術も必要になってくる。これらの全てを東レは、自社で開発してきた。例えば、焼成とそのための炉は、繊維の会社である東レにはなかったはずだが、「私がやる」という研究者が現れて、見事にその部分を担った。このような多種多様な複合技術を完成させることができるのが、日本の強さであると強く感じた。
吉永さんは、このそれぞれの技術について、技術的に非常に細かに話された。いま、日本は韓国などへの技術流出の大きな問題に悩まされている。したがって、技術について具体的に細部にわたって話すのには慎重でなければならないという気持ちになりがちだ。ところが、吉永さんは一向に意に介さない話ぶりであった。
私はそこで、フロアの皆さんに次のように申し上げた。この話を韓国の企業が聞いたとしたら、うちの会社で炭素繊維を本格的に開発するのはとても無理だ、東レに追いつくなどは至難だと思うに違いない、日本の企業は、これからそのような高度に複合的な技術に取り組むべきでしょうということである。
もう一つ、強く感じたのは、CFRPは非常にダイナミックな技術であるということだ。これからその応用は大きく広がっていって、乗用車が最も大きなものだが、パソコンなど情報機器の筺体にも応用が始まっている。そして、乗用車とパソコンでは、求められるものが性能、品質、生産法など大きく異なるのである。そのために広範囲の技術を開発しないといけないのであり、後発国が追いつくのは、これから長期にわたってとても無理である。
開発の初期の苦労話などの秘話は、多くはなかったので、いくつか質問をした。根本は、日本に繊維メーカーは多いのになぜ東レなのかと、ズバリ聞いた。そのきっかけとしては、素材となるアクリル繊維を“綿”にする技術は多くの企業が持っていたけど、東レには“繊維”にする技術があったのが異なる点だということであった。
しかし、やはり非常に大きいのは経営者であり、当時の経営者が炭素繊維に惚れ込んだということであった。きわめてコストが高くて応用も定かではないまったく新しい素材に夢を賭けたのだ。そして、焼成などの技術はまったくないゼロの状態から、クロウ(カラス)プロジェクトという、必要な全ての技術を開発しようという大型の開発を一挙に進めたのである。
その後の実用化、普及への道程は、量産が出来ず、用途がなかなか広がらず険しいものであった。それを支えたのが生産技術である。焼いた糸はすぐ切れてしまう、その問題などで悪戦苦闘したのだが、ついにやり遂げた。米国に加えて英国も炭素繊維に初期には非常に力を注いだのだが、成功には至らなかった。生産技術の違いが最も大きな要因であったように思う。
吉永さんは、機器メーカーと素材メーカーが、研究開発で密に協力し、共同することによって、画期的な新製品を生み出すことが出来ると繰り返しておっしゃった。航空機では、それが残念ながら日本企業ではなくボーイングであったのだが、これから日本のさまざまな企業が、CFRPによって、世界を制する画期的の新製品を生み出すことができるはずである。このお話がその契機になることと信じている。 (文責 森谷正規)