- 2011-12-25 (日) 12:59
- イノベーションフォーラム21 | 異業種・独自企業研究会
と き:2011年12月2日
訪問先 :シャープ(株) (石川県・輪島市)
講 師 :代表取締役 副社長執行役員 太田賢司氏
コーディネーター:テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏
2011年12月2日に、シャープ(株)堺工場を訪問した。堺工場は、異業種・独自企業研究会の2010年度後期最終回として、本年3月16日に訪問する予定となっていたが、直前の3月11日に起こった東日本大震災により、延期を余儀なくされていた。関係者のご努力により、9ヶ月後に訪問することが出来た。シャープ堺工場は、世界最先端の第10世代液晶マザーパネル工場として建設されたものであり、かつ環境・省エネに配慮した21世紀型コンビナートと位置づけられており、今回はパネル製造工程も見学予定に組み込まれているため、多大の期待を持って訪問した。
最初に代表取締役 副社長執行役員 技術担当兼東京支社長の太田賢司氏による「大転換期の今後の日本のものづくり経営を考える」と題した講演を伺った。講演会場の正面には、シャープの液晶最先端技術を具現化した60インチパネルを20枚組み合わせた大型スクリーンが壁一面に設置されており、明るくかつ鮮明な画像が映し出され、講演内容が分かり易いだけでなく、視覚的にも説得力の強い技術であることを参加者に印象付けた。
シャープは創業99年になる。最初は部品メーカーとして出発し、後にアッセンブリーメーカーへと変身したが、99年後の現在は曲がり角に立っている。
99年間で社長は5代目であり、一人平均20年間は在任したので、リーダーシップも発揮出来易かったし、経営トップの考え方も継承され、発展されて来た。初代の創業者早川徳次社長は「人にマネされるモノを作れ」、二代佐伯社長は「新たな需要を創造する」、三代辻社長は「ユーザーの目線にたった商品」、四代町田前社長は「ナンバーワンよりオンリーワン」、片山現社長は「技術に限界なし」と言っている。
2011年度3月期の連結売上は3兆219億円で、AV・通信機器47.2%、液晶20.3%、情報機器9.1%、健康・環境機器8.9%、太陽電池8.8%、その他電子デバイス5.7%の割合となっている。大きく括ると、エレクトロニクス機器が65.2%、電子部品等が34.8%である。単品メーカーからアッセンブリーメーカーへと変ってきたが、これからはソルーション分野へと進んでいきたい。
同期の地域別の売上構成は、国内52.7%、中国17.1%、欧州12.2%、米州10.0%、その他8.0%であるが、米州は↓、中国とその他が↑である。
国内には亀山、堺を代表に拠点を有しているが、国内工場の新設は難しくなった。今後は既存工場の中味をリフレッシュしていきたい。海外では、26ヶ国、60ヶ所に展開中。ただ、今までは南米とアフリカには拠点を有して居なかったため、現在展開を図っている。
液晶パネルとTV組立は従来は別の工場で作られていた。それを一つの工場で一貫生産し、世界の液晶TVを目指したのが、堺工場建設のきっかけだった。当初は8世代パネルでそれを行う予定だったが、リーマン後の市場収縮と8世代パネルでは追随者があったため、堺工場は計画変更し、10世代パネル工場に決めた。同時に災害時の安全性を高め、協力会社と一緒にコンビナート形式を採用した。米国で60インチ、70インチの液晶TVが売れ出し、会社にも元気が出て来た。
性能的には、32インチの例では、2004年度対比2009年度で72%の消費電力減少を実現し、従来の3原色液晶を4原色液晶に改善して黄色味の向上を実現した。
シャープの先進性を示している別の例と言えるのが太陽電池である。2GWの生産計画で、現在一部が稼働している。太陽電池として2010年までに累計4.3GWを生産したが、残念ながらシャープで唯一の赤字事業となっている。LEDにも力を入れており、段々とモノになりつつある。堺工場の照明は全部LEDにした。
堺工場(グリーンフロント 堺)の液晶パネル工場は計画の1/2の広さまで建設したので、未だ敷地には余裕がある。敷地内では、植物工場やソーラーによるエコハウスなど、次の商品をテストしている。
30年先を見据えたシャープの企業戦略は、多様性尊重の時代になることにより、これから新しいシステムやビジネスが誕生するので、それをつかむには今から何を始めるべきかという視点に立っている。そういう時代の変化を考えるには、3つの視点が必要となる。
① 社会インフラの変化。あらゆるものの根幹はエネルギーであるから、エネルギー変換技術の活性化を考える。主たるエネルギー資源は石油、天然ガス、石炭であるが、最も需要の多い石油は、およそ46年程度で枯渇する。その時どのようなエネルギーを用意しておくべきか?
② 社会ニーズの変化。モノの豊富さから、健康・安心・安全の重視へ変わるので、健康・環境保全技術を考える。食料需要の増大と食料安全リスクの高まりにどう対処すべきか?
③ 個人の人生観・価値観の変化。長寿社会を生きるアイデンティティの追求による新たな価値観の創造。
こういうグローバル変化への対応は、どの企業でも考えていることなので、その中でシャープが勝ち残るための戦略が必要となる。そのためには、
① 成長分野への展開。エネルギー分野、健康分野、環境分野の3分野を成長分野とし、そこでの展開を行う。エレクトロニクスと成長分野の融合を目指す。
② 地産地消の強化。成長地域での開発、生産、販売の実施。これには、国内空洞化リスクとのバランスを考えながら行う。
③ バリューチェーンの拡大と連携。川上から川下までバリューチェーンを拡大し、強くても儲からない収益モデルから脱却する。また、この縦の拡大と同時に、異分野・異業種や大学・研究機関との連携を行い、横の拡大も行う。従来のように、社内の技術開発だけではなく、縦・横への連携を強化するのが「和の力」となる。
④ オンリーワンとオープンイノベーションの両立。オンリーワン技術を武器として、異分野・異業種の強者と組むことにより、事業化スピードを加速し、更に強いコア技術で新規事業分野を切り拓く。
以上の戦略を具体的に検討している例として、①では、エコハウスやエコタウンの概念に基づいた堺実証ハウス、②ではマザー工場で培った技術でのイタリアのソーラー展開、③では太陽電池から、ソフト、発電までバリューチェーンを取り込んだ例、④ではソーラー事例と東京大学とのコラボ例が示された。
これからの事業展開では、21世紀の「自然に帰る」という価値観の変化に対応し、より自然な画像を見るための「次世代TV」,太陽光エネルギーを利用した「太陽光発電」、より自然な光の中で暮せる「LED照明」、より自然な雰囲気で暮らせる「プラズマクラスターイオン」を普及させたい。
2012年は創業100周年を迎えるので、それに向けたビジョンとしては、
① 省エネ・創エネ機器を核とした環境・健康事業で世界に貢献する。
② オンリーワン液晶ディスプレイでユビキタス社会に貢献する。
ことにより、「エコ・ポジティブカンパニーの実現」を目指したい。
①シャープは、過去自社技術を武器に事業を創出してきた。技術だけで新事業は出来ないが、マーケット調査をしても新しい商品は見つからない。三代辻社長は、「ニーズは作るモノである」と言っていた。花王の常磐社長、アップルのスティーブ・ジョッブスも同じことを言っている。現在のシャープでは、この点はどのように行われているか?
→ 辻社長の言葉として、「ユーザーの目線にたった商品を作れ」を引用したが、実はその後に「需要を創造するモノを作れ」が付いている。マーケットで調べたのでは、遅すぎる。新しい商品や技術は下から出させ、方針は上から出している。方針は概念だけで具体的な内容は言わないので、下からの提案が重要である。
②(この点をパーティーの席で、太田副社長に確認した。)新しいテーマをどうやって産み出させるのか? 研究者のやる気を引き出すにはどうしているか?
→ 市場規模など経済性が不明で、全社で検討すればボツにされるようなプロジェクトに金と人を許容する仕組みを有している。研究者が提案し、研究所レベルで可否が判断される。太田副社長は判断には参加せず、報告を受けるだけ。そのため、研究者がやりたいというテーマが沢山提案されてくる。
③液晶TVの価格が急激に下がったのは何故か?
→ 想定内と想定外の要因がある。追随者が出てくることは想定内。想定外は、価格低下のスピードが予想以上に速かったこと。半導体の価格低下は技術流出のためなので、この二の舞を避けるため、技術のブラックボックス化を行った。それでも、予想よりは早く流れてしまった。また、税金、物流、エネルギーなどのインフラが過大で、コスト分析すれば、地産地消は避けられない。企業レベルではどうにもならなり状態になってしまったのも、想定外だった。
④政府補助がなければ、太陽発電のコストが合うためには、発電効率は何パーセントまで向上する必要があるか?
今の効率では回収に15年必要。補助の7万円を含めても、回収に10年掛かる。発電効率自体はベストで約40%あるが、高価であり、普及のためには建設費、維持費を含めたトータルコストの低下が必要である。
工場見学に移る前、DVD、次いでグリーンフロント堺企画推進センター 森拓生所長による説明があった。
・ 堺工場はバーチャル・ワン・カンパニーとして設計されており、エコと見える化を徹底し、高効率なクリーン工場となった。
・ 敷地面積は127万㎡(38.5万坪)あり、天安門広場とほぼ同じ。
・ 材料、インフラ、物流に関係する19社が協力している。エネルギーは1ヶ所で発電・加熱し、それを全工場へ搬送している。工場棟間にはインフラとしての搬送システムが作られており、物流コストはゼロである。
・ 環境対策としては、a)すべての照明はLED、b)廃熱は純粋の製造に活用、c)下水は高度処理して工業用水に再利用、d)廃ガラスは透水性歩行用ブロックへ再生、e)ソーラー発電などを実施しており、グリーン社会の創造を目指している。
・ 第10世代は液晶パネルのサイズが2,880mm x 3,130mmあり、2009年10月に生産を開始した。月産72,000枚。70インチTV、大型壁面ディスプレイ、電子黒板などに使用される。
・ 薄膜太陽電池は年産160MW、単結晶太陽電池は年産200MWである。
・ 震災に備えて、液状化対策、耐震ダンパー、津波対策などを実施した。
次いでグループに分かれて工場見学を実施した。液晶工場棟は400m x 400mと広大で、通路から工場内を見ても、反対側ははるか彼方にあり、その間にはびっしりと機械が並んでおり、機械が何台あるのか、工程が何列あるのかは数えるのが困難であった。
① 液晶工場
・ 4階フロアーを見下ろす通路を歩きながら、液晶パネルの製造工程を見学した。各階の天井は大変高く作られており、通路はその階の高い位置にあった。
・ 露光装置 第10世代のパネル用ともなるとさすがに大きく、重さは200トンで、テニスコート一面分のサイズがある。装置は4台見えた。
・ 露光装置へパネルを搬入、搬出する搬送装置。工程の流れは右から左だが、左側でレジストを塗布したパネルを、搬送装置が左から右へ送って露光装置へ入れ、露光済みのパネルを取り出したら、右から左へ移動して次の工程へ送る。
・ 現像装置。露光装置からのパネルを現像する。工場内のクリーン度は10で、見回しても工場内には人が見えない。
・ 検査装置。TFTパターンを精査する装置。パネルはエアで浮かせて搬送する。
・ バッファーエリア。400m x 400mの工場内を縦横に走っている。パネルはカセットに乗せ、カセットごと次の工程へ移動している。カセットの重みは3トンある。パネルはサイズが大きく、しかも薄いため、カセットが動くとパネルが大きく撓うのが分かる。装置設計や作動条件は、ノウハウの塊であることが容易に推定出来る。
・ 洗浄装置。洗浄の後、スパッター装置へ搬入される。
・ 4階のフロアーレベルに降り、スパッター装置を観察した。
・ 3階へ移動し、TFTの検査工程を見学。動作確認を行う。
・ TFT目視検査と修正工程。合格品は2階の液晶工程に送られた後、1階で必要なサイズにカットされる。
・ 耐震ダンパー。震災対策の一部である建物の耐震ダンパーを見学。
・ 現像液の回収工程。回収液は4階の液晶工程へ戻される。
② 工場敷地内のエネルギー搬送と協力工場群
・ 工場内をバスで移動しながら、電気および加熱媒体の工場内配送パイプおよび協力工場群を外から見学した。
③ エネルギーセンター
・ 工場内にエネルギーを供給するセンター。大きなパネルで工場内をモニターし、地震や自然災害の情報も同時にモニターされている。これも協力企業の一つ、関電の総合エネルギー管理システムで稼働している。
・ セキュリティー、工場毎のエネルギー消費状況が大型パネルに表示され、エネルギーの見える化が徹底されている。
・ エネルギーの”Just in Time”で大幅な省エネが達成出来た。
・ 工場の屋上に、9MW、max10MWのソーラーパネル設置を予定している。
今回の訪問では、オンリーワン技術を追求してきたシャープが、激変の時代を迎え、どのように将来の技術開発を実施しようとしているかを知り、かつ秘密のベールに包まれてきた第10世代の液晶パネル製造工程を間近に見学出来るという大きな期待があったが、その期待は二つともに達成出来た。
基本的な経営方針として、大きな方向は経営が決めるものの、具体的な新技術や新商品の開発には、技術者の思いや提案を重視し、例え短期的に市場性が見えないモノであっても、金や人を投入してそれを育てていく姿勢が明確に示された。その基本には、「人にマネされるモノを作れ」という創業者の理念が形を変えながら、脈々と流れていることが企業カルチャーとなっているためであろう。
「市場からニーズを聞くのではなく、市場へ新しいモノを提案していく」という姿勢は、メーカーとしては王道であり、人を真似るのではなく、人に真似されるオンリーワン製品を作り出すという考え方は、グローバル化の中で短期的には非効率的に見られがちであるが、これからの予想困難な変化する社会においては、長期的に勝ち残れるやり方だと思う。その意味でも、ぜひシャープがそのことを世界に示して欲しいと強く期待する。
また第10世代の液晶パネルは、予想以上にサイズが大きく、かつ薄いため、そのハンドリングは並大抵ではないノウハウが必要であることが実感出来た。ただ、これらの工程に使用された搬送機器、現像機器、露光機器など機械装置メーカーは、同じ装置をシャープの競合相手にいずれ売って行くだろうから、現在の技術優位性が何年保てるかは予断を許さない。個々の装置以外の、トータルとしての製造技術、製造ノウハウでそれを伸ばすとしても、結局はオンリーワン製品の開発が勝敗を決めることになる。そこでは、シャープ創業以来のカルチャーこそ決め手となるであろう。その時の来ることを、十分期待して良いことが本日の訪問で確信出来た。(文責 相馬和彦)