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新たな成長戦略、ライフサイエンス分野への挑戦

と   き : 2007年9月13日
訪 問 先 : 富士フイルム(株)先進研究所 訪問
講    師: 執行役員 ライフサイエンス事業部次長 兼 同事業部事業開発室長 戸田雄三氏
コーディネーター: 相馬和彦氏(元帝人(株)取締役 研究部門長)

  平成19年度後半の第二回は、神奈川県足柄上郡開成町にある冨士フイルム先進研究所を訪問した。先進研究所は、冨士フイルムが写真事業から新しい事業分野へ進出する「第二の創業」を担う技術を開発するため、本年2月に竣工を見たばかりの新しい研究所である。そのためか研究所の外装・内装および構造にも、技術開発に掛ける思いや工夫が随所に見られ、会社としての意気込みが感じられた。先進研究所の敷地は周囲を田畑に囲まれていてゆったりとした環境であるが、研究所の外壁には智慧の象徴である青銅製のフクロウが飾られ、建物に入るとすぐにミネルバの銅像が立ち、この研究所が智慧を磨き、新技術を生み出すことを目的としていることを認識させた。
 冨士フイルムは写真フィルム全盛時代に高収益企業として有名であり、その利益基盤を消耗品であるフィルムと印画紙によるビジネスモデルに置いていたことは良く知られている。デジカメの普及に伴って従来のビジネスモデルが時代遅れとなる中で、主要事業から他の新規事業へのシフトが図られて来た。高収益事業である既存事業から新規事業への転換が如何に困難なことであるかは、過去に他企業でも経験されたことであり、失敗例にもことかかない。特に写真事業が高収益事業であっただけに、新規事業へのシフトが一層の困難さを伴ったであろうことは容易に想像出来た。そういう困難さをどうやって克服したかを知ることが出来ることも、今回の訪問で我々が強く抱いた期待の一つである。
   講演ではまず先進研究所の概況について、先端コア技術研究所の五十嵐明副所長から説明があった。先進研究所は組織ではなく、異なる研究所や組織を融合させる場所と位置付けられている。先進研究所の中には、組織としてはアドバンストマーキング研究所、先端コア技術研究所、有機合成化学研究所、ライフサイエンス研究所という四研究所があるが、これも常に固有の場所に分かれているのではなく、マトリックス組織的なもので、むしろ研究テーマ単位で研究員がその場所に集るようになっている。またライフサイエンス研究所(事業部の研究所)以外はコーポレート研究に所属してそれぞれが独立であるが、融合が必要な場合にはフィージビリティーチームを結成して検討し、いけるとなったらプロジェクトチームを作って開発を進めることになる。生産技術の段階に達した場合には、ディビジョナルラボまたは事業部で開発される。因みに技術関連の組織としては、冨士フィルムにはディビジョナルラボ群として、ライフサイエンス研究所以外にはフラットパネルディスプレイ研究所、メディカルシステム開発センター、エレクトロニクスマテリアルズ研究所があり、それ以外にも基盤技術開発センター群として生産技術センター、解析技術センター、ソフトウエア開発センター等多岐に渡る技術開発体制が整っている。
   冨士フイルムでは現在を第二の創業に時代と位置づけ、映像文化からQuality of Lifeへ転換しつつある。保有するコア技術の発展・融知・創新により新事業分野へ展開している。その結果、高機能材料、メディカルシステム/ライフサイエンス、情報システム/ソリューション、光学デバイス/コンポーネント事業などへ展開したが、先進研究所ではこれら四事業分野以外の新規分野を探索している。先端コア技術研究所ではフォトニクス、ナノテクノロジー、機能性材料などの5~10年後のコア技術を、有機合成化学研究所では有機エレクトロニクス分野、メディカル/ライフサイエンス分野などで高機能性有機材料による新たな付加価値の創造を、アドバンストマーキング研究所ではインクジェット等新しいマーキング技術の材料・デバイス・システムを開発している。ライフサイエンス研究所では蛋白質および遺伝子の解析/診断システム、創薬/創薬支援、再生医療技術開発、ヘルスケアなどの医療、健康に関するコア技術および商品開発を実施している。
   この後研究所の見学を行ったが、全体的にスペースに余裕があり、ガラス張りが多いせいか見通しが大変良好であった。仕事場は少しの例外はあるもののパーティションがないこと、机の配置は迷路のようになっていて移動すると人にぶつかる工夫がされていること、会議室はガラス張りで外から何をやっているかが見えてしまうこと、図書室は個別机が少なく共通机が多いことなど、人と人との接触を可能な限り増加させて融知を起こす様々な工夫がなされていた。
セキュリティーは三段階に区分されたおり、社外の人を入れて交流を深めることと、企業秘密を保持することとのバランスが考慮されていた。研究所の工費は建物本体に150億円、設備投資に今後の投資予定を含めると総額で450億円が投資されている。
冨士フィルムの新規事業の一つであるライフサイエンスの中心として活躍されたおられる戸田雄三執行役員・ライフサイエンス事業部次長兼事業開発部長より、新たな成長戦略としてのライフサイエンス事業のお話を伺った。
メディカルシステム事業では、イメージや印刷でのデジタル化が早く、FCR1903 imagerは1989年に上市した。総合画像診断、形態診断、機能診断、核医学検査などを実施している。核医学検査では、世界でもGEと冨士フイルムの二社による寡占体制を維持している。RI医療では核物質に半減期があるため、定時デリバリーを可能とするデリバリーシステムの確立がコアとなり、他社の参入障壁が高い。内視鏡システムでは、経口に比べて患者の負担が軽いと言われる経鼻のものを上市し、バルーンも保有している。それ以外には、化粧品、創薬スクリーニングシステム、DDS抗がん剤、再生医療なども実施している。
ヘルスケアでは治療よりも予防に注力している。技術としてはナノテク(FTD)、活性酸素の制御、コラーゲン/ゼラチンで培った自社技術などを活用している。化粧品は冨士フィルムとは関連性が低いように見られるが、実は抗酸化物としてのアスタキサンチンをナノレベルで乳化する技術を開発したことが発端となっており、自社技術をベースとしていることは他の新規事業と同等である。再生医療もリコンビナントゼラチンを入手したことがきっかけであり、伝統的に自社技術への拘りが強いことを伺わせた。
新規事業を行ってきた経験から、新規事業を成功するためには三つの要素があると思っている。一つ目は「やりたい」という情熱・夢、二つ目は「やれそう」というリソース(資源)、三つ目は「やるべき」という合理性である。この三つが揃って初めて成功への道を歩むことが出来る。
   訪問者には関心が高くかつ示唆に富んだ講演であったので、講演終了後には多くの質問が出た。いくつかを撰んで下記に纏めた。
1.新規事業の選択はトップダウンでなされたのか、あるいはボトムアップなのか?
過去の例は、ほとんどが現業の先にやるべきことはあるか?という研究者の問いかけからスタートしている。そうして生まれた小さな事業を纏めてある規模に達してから、トップはM&Aで事業を拡大することも考えたが、先にM&Aで新規事業を取り込んだことはない。今まではボトムアップが主流であった。
2.新規事業は写真事業に比べ、個々の事業規模は遥かに小粒である。このことは企業文化として問題はなかったのか?
確かに新規事業は個々には小さく、最近では小事業にも慣れて来た。しかし規模としては1000億円規模を目標に探索しようとしている。
3.研究テーマが新規事業を目標とする分だけ成果にはすぐに繋がらす、テーマの継続が難しいのではないか?
  会社自体にテーマは自由にやらせる雰囲気があり、将来のためにやっておくべきだという意識が上下で共有されている。従っていわゆるアングラ研究、闇研という意識はなく、明るいところでやれる。ただあまりに自由にやってきたので、これからはステージゲートプロセスの採用などで、テーマの継続/中止などをもっと迅速にやるべきだとは思っている。
 質問に関連したコメントとして、冨士フイルムのコア技術は製造技術であり、そのためになんでも自分で作りたがる性癖を有している。例えばフィルムの感光防止技術は極めて高度のレベルに達したので、チェルノブイルで原発事故が起こった際、放射性物質が飛来して製造中のフィルムを感光させることを危惧し、行政から警告が出る前に製造工場を停止したこともあるとのことであった。
 また研究開発に関して、これだけの大企業では極めて管理志向が低く、自由な発想を尊重する企業文化を維持しており、その点では大企業でありながらベンチャー企業文化も同じに有する数少ない企業であると思われる。それが過去に写真技術で世界トップの技術を開発し、更にコア技術を発展・融合しながら新規事業へ繋がる技術開発が実施出来る原動力となっていることを実感した一日となった。(文責 相馬和彦)

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